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【長州力インタビュー〈3〉】1985年に全日本参戦した時に感じた新日本との違い

6/12(火) 12:09配信

スポーツ報知

◆専大レスリング部後輩の秋山

 プロレスラー長州力(66)へのインタビュー3日目は、かつて参戦していた全日本プロレスへの思いを明かした。

 長州は、7月10日に後楽園ホールでプロデュース興行第2弾「POWER HALL2018~Battle of another dimension~」で全日本の秋山準(48)と6人タッグマッチで初対決する。秋山は専修大学レスリング部の後輩で1992年に卒業し全日本へ入団した。秋山の在学中には、たびたび専大レスリング部の練習にも長州は、参加していた。

 「当時の印象はない。年が離れすぎている。馳(浩)も間に入っているし。この業界でずっとやっていたら、大学の先輩後輩っていうのはあんまり意識していないし。反対にこういうカードができるようになったら、そういうものも言われるんだろうな」

 馳浩、中西学と大学の後輩は、自身が新日本プロレスへスカウトした。しかし、秋山は違ったという。

 「彼に声を掛けたのかも分からない。まったくボクには分からない。中西も馳も新日本の中に入ってやっていたからなんか入りずらかったのか、反対に自分で違う方でやろうと思っていたのか。それは分かりかねますよ。まぁ、どっちに入ろうが同じ業界に入って頑張っているわけだから」

◆90年代の四天王プロレスへの思い

 デビュー後の秋山の印象もおぼろげだった。

 「わかんない。見てないんじゃない。どこで目に入っていたか、いないか分からない。いつの間にかリングに上がっていたなって、そんな感じですよ」

 一部では秋山のデビュー後、その活躍を見て、馳に「なぜ、取らなかったのか」と言ったと伝えられている。

 「それは馳に聞いた方が早いんじゃない。そういうのはあんまり…」

 90年代。長州は新日本のエース、そして現場監督としてリング内外を仕切り、東京ドーム興行を中心に活況をもたらした。一方で全日本は、三沢光晴、川田利明、小橋建太、田上明の「四天王プロレス」がファンから絶大な支持を得ていた。当時、四天王プロレスをどう見ていたのだろうか。

 「それは馬場さんの時代から一緒ですよ。馬場さん、アントニオ猪木さんっていう比べられている時代から、まだ自分たちの時代は、そういうのがありましたから。それは、ファンがどっちをこう応援っていうね。ファンはみんなプロレス好きなんでしょうけど、それでもその中で頑張っている全日本、頑張っている新日本ってちょと分かれている。何らその辺は別に考えたことも感じたこともないですね」

 馬場の全日と猪木の新日。昭和プロレスの歴史は、ライバルがしのぎを削った争いの時代でもあった。90年代。新日本のトップに立った長州もその時代の延長線上で四天王プロレスを見ていた。

 「どっちを応援しようが基本的にはファンはプロレスが好きなわけですよ。その中でまたファンが、あぁ面白い選手だとかいい選手だと思ってその選手を応援してくれるわけだから、それはどこの団体であろうがあんまり気にしたことない。それだけのものが当時の2団体にあったわけだから」

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最終更新:6/12(火) 12:09
スポーツ報知