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「問題解決力」の高い経営者は、自分の「がん」とどう向き合った?

6/12(火) 11:00配信

BuzzFeed Japan

ビジネスでは「問題解決思考」が重要なスキルのひとつだ。「現状」と「あるべき姿」の差を「問題」と定義し、間を埋めるように行動していくことを指す。

命を左右する「問題」に対しても、このスキルを働かせた人がいる。ネットを介して資金を集めるクラウドファンディング事業の国内最大手、READYFOR株式会社代表の米良はるかさんだ。

2011年の創業以来、支援金の累計総額50億円以上と、事業を日本一のクラウドファンディングプラットフォームに成長させた経営者である米良さん。2017年10月、30歳で悪性リンパ腫という血液のがんにかかったことを公表した。

「問題」に直面したとき、人は「反射的」「直観的」な対策を取りがちだ。的を射ない対策は、失敗につながりやすい。だからこそ、論理的に対策を組み立てる、問題解決思考が重要だといわれる。

では、この「問題」が、健康に関わるものであればどうか。たとえば、2人に1人が患い、3人に1人が亡くなるとされる、「がん」という病気だったら。

病気が発覚したとき、生まれて初めて「解決できない問題が発生してしまったと思った」という米良さん。どのように病気と向き合ったのか。BuzzFeed Japan Medicalが話を聞いた。【BuzzFeed Japan Medical / 朽木誠一郎】

「すぐに死んでしまうんじゃないか」

ーー病気になって、何が一番、つらかったですか?

私の場合は「がんの可能性がある」と言われたまま、診断がつかなかったのが、一番つらかったですね。

2カ月半くらい「自分はがんかもしれない」と思ったまま、生活していました。がんであるとはっきりわかってからは、むしろ精神的には落ち着いたというか。

体に異変があったのは、2017年の春ごろです。首の左側に大きなしこりができました。そのしこりに、がんの可能性があることを、大学病院で告知されて。

可能性ということでは、そのとき、咽頭がんか、悪性リンパ腫(血液系のがん)か、良性腫瘍か、という3つが提示されたんです。

咽頭がんはすぐに否定されたんですね。その上で、先生(医師)たちは「若い人はあまり悪性リンパ腫にならない」と想定しているようでした。

でも、細胞を取って検査したところ、かなり高い確率で悪性リンパ腫が疑われる結果だったんです。

翌日にすぐ手術でリンパ節を取り出して、検査。ステージ1、DLBCLという種類の悪性リンパ腫であることが確定しました。

この間、2カ月半くらいです。しんどかったですね。おかしくなりそうで、ずっと泣いてばかりいました。

ーー米良さんの場合は特に、若年ということもあります。

はい。それもあって、頭に浮かんだのは「すぐに死んでしまうんじゃないか」ということでした。

自分の世代のがんというと、映画や小説の影響か、どうしてもそういうイメージになってしまって。私は家族にもがんになった人がいないので、がんのことがよくわかっていなかったんです。

仕事をしている間は忘れられるのですが、それもだんだん、つらくなってきて。というのも、私は経営者なので、未来を考えるのが仕事なんです。

半年後の未来を考えたときに、自分がそこにいない可能性がある。そんなことを想像して、また泣いてしまう。悪循環でした。

ーーがんであることがわかって、心境に変化はありましたか?

「病気を受け容れる」って、簡単なことではありませんよね。これまで健康に生きてきたのに、いきなり「病人」というレッテルを貼られるようで。どうしても「自分は大丈夫だ」って思いたくなる。そのせいで余計、つらくなったり。

私の場合、「治療に集中しよう」と切り替えられたのは、奇跡的なタイミングがあったからなんです。

私が悪性リンパ腫であるという診断がついたのが、6月30日。この日って実は、会社の期末、3期目の終わりだったんですね。

もともと、治療のために休みに入ることは決まっていたのですが、それがちょうど、起業してから4年目に入る、ずっとがんばってきた節目のタイミングになったんです。

そのおかげで、自分の中でも「ここからは病気の治療に100%集中する時期だ」とモードを切り替えることができました。

本当にたまたま、まさにその日だった、という。こういうタイミングは、作ろうとして作れるものではないですよね。そこからある種、メッセージを受け取ったというか。

あとはやはり、周囲のサポートです。私の人生の大きな部分を占める「家族」と「仕事」の両面で、支援を得られたというのもありがたかったです。

がんになると、自分もつらいし、パートナーもつらい。「闘病が原因で離婚」といった話も聞くことがあります。でも、私の場合は夫が率先して、病気についての情報収集をするなど、サポートに奔走してくれました。

病気のことを夫の次に伝えたのが、共同代表の樋浦(直樹さん)です。そしたら樋浦は「まあ大丈夫、会社は自分たちでなんとかするから」って言ってくれたんですよ。そのとき、私は自分の思い込みに気づいて。

会社を創業したときは自分ひとりだったし、自分の魂が入ったサービスを運営しているつもりでした。そこから魂が抜けたら、それは果たして同じものと言えるのかな、みたいな想いもあったんですけど。

樋浦にそう言われたときに「そっか、私が勝手に思い込んでいただけで、もうこの会社はみんなの魂でできてたんだな」と思えたんです。

家族だけでなく、仕事の面でも不安材料がなかったというのも、治療に集中する上ではすごく大きかった。

でも、そうやっていざ病気に向き合おうとしてみると……、「解決できない問題が発生してしまった」という意識がすごくあって。

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最終更新:6/12(火) 13:28
BuzzFeed Japan