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「出版社との二人三脚、もう出来ない」 個人作家が生き残るには 漫画家・森田崇さんの場合

6/13(水) 6:00配信

ITmedia NEWS

 「出版社には感謝しているが、出版業界が転換期にある今、信頼感のあるパートナーとして二人三脚することはもうできない」――「怪盗ルパン伝 アバンチュリエ」などの作品で知られる漫画家の森田崇さんが、6月8日に「高円寺パンディット」で開催された「頭の固い出版社は、生き残れない!? よりよい発信の時代を目指して」と題するトークイベントでこう語った。

漫画のアルセーヌ・ルパン

 森田さんは作家がKindleで電子書籍を直販できる「Kindle ダイレクト・パブリッシング」(KDP)での成功体験を基に、デジタル時代の作家の生き残り戦略や、出版社と作家の関係性について持論を述べた。KDPでは「最初の3カ月半で360万円稼げた」とし、「紙の時代では見たことがない数字」と振り返る。

●長期連載を続けるため、たどり着いたのがKDP

 講談社やヒーローズなどの出版社で連載経験のある森田さんだが、「今、最も現実的な実入りがあるのはKindleによる収入」という。森田さんがKDPで3カ月半で稼いだという360万円という数字は、印税10%・価格600円の紙のコミックス6万部を売り上げた数字。「今の時代、コミックス6万部を売り上げるのはファンタジーに近い。そういう意味でKDPでの経験は大成功といえる」(森田さん)

 森田さんは現在、KDPで「怪盗ルパン伝アバンチュリエ」を自ら再編集した「著者再編集版」を直販。そのきっかけは、(1)収益面を考えると、出版社は不要と感じたため、(2)長期連載を続けるため、だったという。収益面で成功を収めたのは先述した通りだ。

 長期連載を続けるためというのは、裏を返すと打ち切りを回避するためだ。森田さん自身、「怪盗ルパン伝アバンチュリエ」の連載が打ち切りの危機に陥り、講談社「イブニング」→ヒーローズ「月刊ヒーローズ」へと移籍した経験がある。「出版社を移籍すると、また新書で1巻から出すことになり、読者の混乱を招く」ので、これを避ける意味もあった。

 KDP以外に、新興の漫画アプリやクラウドファンディングなどの道はなかったのか。「漫画アプリは、読者アンケートよりシビアなPV至上主義の世界。(漫画アプリの特性上)女性向けに身近な題材を扱う軽やかなエッセイを描ける人などはいいが、ルパンのような長編やストーリーものは向かない」(森田さん)

 作家仲間などからクラウドファンディングも勧められたが「独自に計算したら3000万円必要だと分かった。途中で頓挫したら元も子もないのでかなり慎重だった。他のマネタイズ方法が見つかれば、最後の一押しで使うのはありだと思う」と語った。いろいろな方法を模索した結果、鈴木みそさんらが成功を収めていたKDPの道にたどり着いた。

●「勝算あった」 出版社との温度差

 KDPを始めるにあたり「勝算はあった」と話す森田さん。「怪盗ルパン伝アバンチュリエ」は、怪盗紳士「アルセーヌ・ルパン」の生みの親として知られる、モーリス・ルブランの小説を忠実にコミカライズしたものだ。

 「僕はルパンというコンテンツを信じていたし、ロングテールの作品になる自信があった。それこそ、これでダメならもう何をやってもダメと思うくらい。出版社はそこを信じ切れなかった」。

 出版社との温度差を感じる中、森田さんは「ルパン帝国再誕計画」(法人を立ち上げチームで取り組んでいる)というプロジェクトを立ち上げ、宣伝に注力した。森田さんいわく「個人コストに見合う結果は出ているが、仮に出版社が同じように宣伝した場合、社としてのコストに見合うかは分からない。でも、出版社に(なぜ宣伝してくれないんだと)文句を言う前に自分でやってみようと思った」。

 今はルブランの故郷・フランスにいる現地のルパンファンともコミュニケーションを取り、世界展開も視野に。それに伴い、アニメ化も実現したいという。

 結果的に成功を収めたKDPだが、コミックスの売り上げが販売直後から徐々に落ち込む一方で、月額980円の電子書籍読み放題サービス「Kindle Unlimited」の売り上げは落ちず、収益を支えているという。

 Kindle Unlimitedは読まれたページ数に応じて収益が分配される方式で「ランキング上位にいると売り上げが落ちない。電子書籍ユーザーはこれからどんどん増えるので、KDPで失敗する気がしない」(森田さん)と前向きだ。

 だが、自分の信じる道を見つけるまでに苦労も多かった。

●編集者への感謝と不信感 「いろんな人に助けられた」「嫌な思いもたくさんした」

 「大手出版社の編集長と印税交渉をしたら『印税は漫画家が口を出すことではない』と言われて決裂した」という森田さんのツイートが拡散されたのを覚えている人もいるだろう。

 森田さんは「悪い内容ばかりバズってしまう」と苦笑するが「これは印税率が低くて怒ったわけではなく、(交渉の余地もなく)言い値でやれといわれたことに納得できなかった」と説明。「一人一人の編集者は良い人だが、出版社というシステム自体が今の時代に合っていないのでは」と疑問を呈する。

 「今は売れる人とそうでない人の二極化が激しく、落ち着いて長く連載できていた作品を受け入れる土壌がない。出版社と作家の利害関係が変わるのは当たり前で、(出版社と)信頼感のあるパートナーとしての二人三脚はもうできない」(森田さん)

 デビュー当時を振り返りながら、編集者への感謝と同時に不信感も思い出す。初代の編集担当はモーリス・ルブランの小説も読んでいたミステリーファン。女性人気を意識してルパンの髪色を金髪ではなく黒髪にするなど、編集者のアドバイスが功を奏した例はいくつもあり、「今もそうだが、本当にいろいろな人に助けられてきたことに感謝している」とかみしめる。

 一方で「嫌な思いもたくさんした」。森田さんの作品は原作に忠実なため、ルパンがなかなか出てこなかったり、ルパンの人間的にダメな面を強く押し出したりと、万人受けする痛快な作品とは違う魅力で勝負している。「編集者は読者受けする格好いいルパンを求めていたが、自分が描きたいものとのバランスが難しかった。(売れる作品にしなければいけない)サラリーマンの限界なのかもしれない」(森田さん)

 そして、移籍やKDPでの経験を経て「雑誌や単行本がどれだけ売れないと採算が取れないか」など数字回りを勉強した森田さんは、あることに気付く。「編集者は、部数などの数字回りの話を作家に言わないんですが、そもそも編集長以外は把握してないんですね。ベテランの人でも編集長経験がないと知らなかったりするケースもあり、これは驚きました」

 編集者への感謝。作品をめぐる編集者・作家間のジレンマ。そして、変わらざるを得ない出版社との関係。森田さんの場合、たどりついたのはKDPという道だった。だが、全ての作家にKDPを勧めるわけではない。

 「KDPで成功する人、失敗する人と両方いる。自分の場合はそれが合っただけ。それぞれの作家・作品に合ったやり方を模索すればいい」(森田さん)

 では、森田さんは自身をどう分析し、KDPでの販売戦略を組み立てたのか。

●「1度読めばずっとファン」 作品の強みを分析

 森田さんは、鈴木みそさんの事例などを参考にしたという。一方で「作風やキャリアも違うので、同じことをやればいいわけではない。それぞれの作品に合ったやり方をすべきで、既存の出版システムが合う人はそれでいい」と念を押す。

 森田さんは自作の強みを「シリーズもので、長く読んでもらえること。1度読めば脱落せず最後まで読んでもらえることは数字でも証明されており、まずは無料で読んでもらい、ファンになってもらいたい。定額制サービスと相性が良く、そこに希望を見いだしている」と分析する。

 「今後新刊が出れば、1年間は何もしなくてもKDPで500万円は稼げると思う。キャンペーンを打てば1000万円はいくだろう。出版社と組んでもここまではいかないので、これは割の良いギャンブルといえる」(森田さん)

 著者再編集版として電子書籍化するにあたり、電子版の体裁にも気を遣った。表紙や裏表紙などのデザインはもちろん、書き下ろしコラム、描き下ろしカラーオープニングなどを追加し、掲載順をより原作に近い形に再編集するなどし、「電子書籍として完璧なもの」を目指したという。

 「出版社の電子本はデザインが適当なものもあったりする。ただ、1人で全部編集をするのはなかなか大変なので、編集者やエージェントと対等な関係を結ぶのは有りだろう」(森田さん)

 今後もKDPを中心に、デジタル展開を独自で推進する森田さん。今の道に進んだのも「普通の漫画家の苦労をくぐり抜けた揚げ句、リターンがほとんどなかった」ことに尽きるという。常にアンテナを広げ、漫画家の佐藤秀峰さん、うめさん、お笑い芸人のキングコング・西野亮廣さんなど、参考になりそうな試みをしている人のリサーチを欠かさないようにしている。

 これからの作家が生き残るために共通する戦略はあるのか。「『怪盗ルパン伝アバンチュリエ』も単行本が10巻たまり、戦うベースがあった。まずは自分のオリジナル作品をこつこつためていくことが大事」と締めくくった。

最終更新:6/13(水) 6:00
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