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才能の陰に不断の努力 ロシアW杯へ・宇佐美貴史選手

6/14(木) 16:30配信

京都新聞

 サッカーW杯のロシア大会が14日に開幕する。日本代表の精鋭23人のうち、京都・滋賀関係では乾貴士、宇佐美貴史、東口順昭の3選手が世界に挑む。才能を磨き、壁を乗り越え、初めてたどり着いた大舞台。京都・滋賀での日々から、彼らのルーツを探った。
「努力の積み重ねの結果、選んでもらうことができた」
 ワールドカップ(W杯)ロシア大会日本代表メンバーの発表があった5月31日の記者会見。京都サッカー界で「天才」「神童」と称された宇佐美貴史選手(26)=長岡京市出身=は、精かんな顔つきで言った。
 1歳前から、ボールを蹴って遊んでいた。お気に入りは青色のゴムボール。公園でも家の中でも、両親がファンだったガンバ大阪のスタジアムでも一日中、一緒だった。5歳でゴール前に直接届くコーナーキックを蹴った逸話も残る。
 2人の兄と同じ長岡京サッカースポーツ少年団(SS)に入団。自陣でボールを奪うと、そのままドリブルして難なくゴールを決めた。当時監督だった小嶋重毅コーチ(57)=長岡京市=は「10-0で勝っていても11点目を取りにいくような選手。一番よく走って声を出していた」と懐かしむ。J1札幌で活躍する同学年の駒井善成選手(26)=京都市山科区出身=は、京都サンガジュニア時代の試合で「宇佐美1人に2、3点ぶちこまれた記憶がある」。1年間で軽く3桁の得点を挙げ、チームは「宇佐美SS」とも呼ばれた。
 才能の裏には努力を重ねる姿があった。小中学校の同級生で長岡京SSでも一緒にプレーした五島由基さん(26)=向日市=は夜、小学校の校庭から聞こえるボールの音を覚えている。「宇佐美が練習していることはすぐに分かった。試合の後も、僕が先にやっている時も来た」。父の和彦さん(55)によると、ガンバ大阪ジュニアユース時代も、夜中に納得するまでボールを蹴っていたという。
 クラブ最年少の17歳でトップチームデビューを果たし、19歳でドイツの名門バイエルン・ミュンヘンに移籍。だが順風満帆とはいかず、2年後に帰国。24歳で再びドイツへ渡った。
 2度目の挑戦も壁にぶつかり、昨年はドイツ2部のデュッセルドルフへ。「自分のプライドを捨て、ばらばらにしてまた新しいプライドを築く作業は重要」と奮起し、中心選手へと成長した。才能に溺れず技術を一から積み重ねて何度もはい上がり、夢のW杯のピッチに立つ権利を得た。
 小嶋コーチは、華麗なテクニックで宇佐美選手と同様に「天才」と呼ばれた同SS出身の元日本代表、家長昭博選手(32)=J1川崎=と比べて語る。「何をやらしても始めから完璧にできた家長は天才。宇佐美は努力なんです」
 ■うさみ・たかし 長岡京SS(神足小)-G大阪ジュニアユース(長岡中)-同ユース-G大阪-バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)-ホッフェンハイム(同)-G大阪-アウクスブルク(同)-デュッセルドルフ(同)。国際Aマッチ23試合3得点。180センチ、72キロ。
 =3回続きの2回目

最終更新:6/15(金) 9:51
京都新聞