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姉川地震の「記録」発見 郷土史の研究グループ発表 滋賀

6/14(木) 7:55配信

産経新聞

 ■被災者目線で状況、避難生活詳しく

 明治42(1909)年8月、長浜市などに甚大な被害をもたらした「姉川地震」を住民が記録した「震災日誌」が同市国友町の旧家で見つかり、郷土史の研究グループが今月号の会員誌で発表した。被災状況や避難生活など、被災時の住民の生活を詳細に記録。住民が残した震災の記録は珍しいといい、関係者は「地震への備えの大切さを伝える貴重な資料」としている。

 姉川地震は姉川上流付近を震源とし、8月14日に発生。マグニチュード6・8の内陸直下型地震で、同市では最大震度6を記録、特に姉川流域で地盤が緩い現在のJR虎姫駅周辺などで大きな被害が出た。県内では死者35人、全壊家屋972戸の被害が出た。

 「震災日誌」は縦25センチ、横17センチで和紙製。神照村(現長浜市)の村長を務め、当時はすでに引退していた国友藤平(とうへい)(1851~1920、号は能恭)が記録した。子孫で彦根市長曽根南町の元会社員、小林正信さん(73)が生家に残る資料から発見した。

 日誌には大激震が5分ほど続き、家の中は散乱、石灯籠は倒れ井戸水は濁ったことなどを記載。畑に急ごしらえの屋根を設けて野宿したが余震で眠れなかったことや、医者をしていた息子が市内の親類宅の往診に向かったが、すでに亡くなっていた-など、震災で起こった身近な出来事を記録している。

 小林さんは今年4月ごろ、震災日誌の存在を地元有志らでつくる歴史研究グループ「国友村塾」に連絡。同グループが今月1日発行の会員誌「続・国友地域学」で紹介した。

 姉川地震に詳しい長浜城歴史博物館の福井智英学芸員(45)は「後世に惨状を伝えるために記録され、被災者の生活目線でとらえた貴重な資料」と評価している。来年に震災から110年を迎えるにあたり、国友村塾は関連資料の整理を進めており「地域の人に被害を伝え、震災への備えを進めたい」などとしている。

最終更新:6/14(木) 7:55
産経新聞