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日朝交渉29年、常に米の影

6/14(木) 7:55配信

産経新聞

 ■「悪の枢軸」直後、平壌宣言署名 国際的緊張緩和、後押しならず

 安倍晋三首相は、12日の米朝首脳会談でトランプ米大統領が拉致問題を取り上げたことを受け、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との直接会談に意欲を示している。日朝交渉の歴史は常に米朝関係に影響されてきただけに、今回の米朝首脳会談が今後の日朝交渉にどんな影響を与えるのか。29年に及ぶ日朝交渉の歴史を振り返った。(杉本康士)=肩書は当時

 ◆小泉訪朝背景に圧力

 「北朝鮮と交渉する際は常に米国を意識しなければならない。日朝交渉に米国の理解を得られない場合だってある。これをいかに乗り切るかが課題だ」

 長く対北朝鮮外交を担った元外務省幹部はこう明かす。拉致被害者5人の帰国を実現した2002(平成14)年9月の小泉純一郎首相訪朝の直前、米国のブッシュ政権幹部は米国を抜きにした日朝間の秘密交渉に不信感をあらわにした。

 小泉氏訪朝に先立つ02年1月、ブッシュ米大統領は北朝鮮を「悪の枢軸」と批判していた。米国による体制転覆の恐怖は、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記に拉致を認めさせ、日朝国交正常化への道筋を示した日朝平壌宣言に署名させた。

 12年11月、4年ぶりに日朝政府間協議が再開したときも、核実験停止などをめぐる米朝両政府の合意が破綻し北朝鮮側が日本に活路を見いだそうとしたといえる。この日朝協議は北朝鮮が拉致被害者の再調査を約束した14年5月のストックホルム合意につながった。

 安倍首相は12日夜、記者団に「トランプ大統領の強力な支援をいただきながら、日本が北朝鮮と直接向き合い解決していかなければいけない」と述べた。トランプ氏との信頼関係を背景に日朝交渉を進める意思を示しており、引き続き「圧力と対話」路線を堅持し、拉致被害者の帰国を実現させたい考えだ。

 ◆対話開始のパターン

 日朝交渉が動き出すきっかけは、米国の対北圧力だけではない。むしろ米朝交渉が進展したことを受け、日朝が対話を開始するのが通常のパターンだ。

 日朝が国交正常化交渉開始に合意したのは、1990年9月の金丸信元副総理らの訪朝時だった。88年12月の米朝参事官級協議から1年9カ月後のことで、日本は米国の動きを受けて日朝交渉に乗り出した。しかし、目立った成果を得られないまま、92年11月に交渉は打ち切られた。

 94年10月に米朝枠組み合意が成立しても、日朝国交正常化協議は2000年4月まで再開されなかった。日本は枠組み合意を受けて設立された朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)を通じて軽水炉建設費の30%負担を約束した。日本が支援する姿勢を示したことで、北朝鮮が対日交渉に積極的意義を見いだせなかった可能性は否定できない。

 トランプ氏は12日の記者会見で、北朝鮮の非核化費用について「韓国と日本に支援する用意がある。米国が支援する必要はないだろう」と語った。非核化費用が何を意味するかは明確ではなく軽水炉建設費と同列に論ずることもできないが、トランプ氏の発言は日朝交渉を阻害する危うさをはらむ。

 KEDOが05年11月に清算して以降も、北朝鮮をめぐる国際情勢の緊張緩和は日朝交渉を常に後押ししたとは言い難い。07年2月の6カ国協議で米国の対北金融制裁解除などに合意した1カ月後、北朝鮮は日朝作業部会で「拉致問題は解決済み」と突き放した。

 ◆経済協力はカードか

 日本政府は経済協力を交渉カードと位置づける。02年9月の日朝平壌宣言では、国交を樹立すれば「無償資金協力等の経済協力が実施される」と明記している。政府関係者は「1965年の日韓国交正常化に伴う経済協力を基に試算してみたら総額1兆円に上った」と明かす。

 金正恩体制にとって、1兆円規模の経済協力が魅力的に映ることは間違いない。一方で、日朝平壌宣言から約16年間、経済協力が日朝関係を大きく進展させる原動力とはならなかったのも事実だ。

 米朝交渉をにらみつつ、経済協力をテコに拉致問題の解決を図る-。過去のパターンを打ち破ることが求められる対北外交は、難所に差し掛かっている。

最終更新:6/14(木) 10:46
産経新聞