ここから本文です

【門間前日銀理事の経済診断(7)】 楽観すぎる財政健全化計画の前提

6/14(木) 14:00配信

ニュースソクラ

もっと現実的なプランBを

 新しい財政健全化計画が6月中旬にも決定される。中長期の計画なので多くの不確実性を伴うのは当然であるが、楽観的な前提を基に取りまとめが進んでいると報道されているのは気になるところだ。

 実際、たたき台として内閣府が本年1月に策定した「中長期の経済財政に関する試算」においては、実質成長率、インフレ率のいずれについてもはっきりとした楽観バイアスが見られた。このうち、試算結果に本質的な影響を及ぼす実質成長率の方に絞って、以下みておこう。

 上記の「中長期試算」では、成長実現ケースとベースラインケースの2通りの試算が行われている。このうち、成長実現ケースでは、潜在成長率(=中長期的に持続可能な実質成長率)は2%とされている。これは高齢化が急速に進む日本では実現性の低い数字であり、すべてが都合よく展開した場合の「理想的ケース」という位置づけにしかなりえない。

 だからこそ別途、ベースラインケースが作られたのだと思うが、問題はこちらも十分保守的とは言い難い点にある。確かに、ベースラインケースの潜在成長率は1.2%と、成長実現ケースよりは大幅に低く設定されている。しかし、これもたやすく実現できる数字ではない。

 足もとの潜在成長率は、内閣府の推計で1.1%、日銀の推計で0.9%である。潜在成長率は、景気循環の影響もある程度受けるので、景気回復が5年以上続いている今のような局面では、どうしても高めに推計されやすい。したがって、それがそのまま将来も続く、ましてや幾分上昇すると仮定すれば、甘めの前提になってしまう可能性が高いのである。

 しかも、過去数年間の成長実績は、女性や高齢者の労働参加が急速に進んだことに支えられた面が大きい。しかし、今や日本経済はほぼ完全雇用に達し、労働供給の余力はいよいよ乏しくなりつつある。ここからは、生産性上昇率を引き上げていかないと、潜在成長率を現状程度に維持することすら難しいのである。

 だから生産性革命はおおいに推進されるべきである。しかし、それで実際に生産性上昇率がどの程度上がるかは、やってみなければわからない。日本企業はこれまでも、必死に生産性引き上げの努力をしてきた。今までサボっていたのだから本気さえ出せば見違える結果が出る、という話ではもともとないのである。

 しばしば引き合いに出されるのは、日本の生産性の「水準」が国際的にみてかなり低いというデータである。確かにOECDのデータで2016年の労働生産性(労働時間当たりの実質GDP)をみると、日本の生産性水準は主要先進国に比べて3割以上低い。

 しかしこのデータを、「今のレベルが低いのだから、多少努力すれば他国にキャッチアップするぐらいはできるはずだ」と単純に解釈してよいかどうかは疑問である。

 第一に、生活習慣が異なる国の間で生産性の「水準」を比較することは本質的に難しい。確かに、OECDのデータは為替レートに購買力平価を用いており、比較可能性を可能な限り高めてはいる。しかしそれでも、サービスの品質や顧客満足度の定量化には限界がある。例えば店舗の清潔さ、公共交通の信頼性、接客のきめ細かさなど、上記の国際比較にうまく反映されていない部分は相当あるだろう。

 第二に、生産性の「水準」が主要先進国に比べて3割以上低いという関係は、実は25年間ほとんど変わっていないのである。25年間ほぼ固定化されたままの「水準差」なら、そもそも縮小に向かう力が働くような性格の「水準差」なのか、疑ってみるのがむしろ自然だ。前述したサービスの質の比較困難性など、何らかの構造的な差異が、生産性の「水準差」として計測されているだけかもしれない。

 第三に、「水準」の計測に様々な難しさはあっても、その「変化」については比較可能性がより高いと考えられる。そこで生産性の「上昇率」に焦点を当てると、最近5年間の日本の生産性上昇率は年平均1%で、これはG7諸国中で最も高い上昇率なのである。ちなみに米国は0.4%である。

 つまり、比較可能性に疑義がある「水準」ではなく、より比較可能性が高い「変化」に着目すれば、今の日本は既に先進国でトップを走っているということだ。ここからさらに生産性上昇率を引き上げていくということは、先進国中で「断トツ」になることを意味する。同じグローバル環境の中で、日本だけがそう簡単に他を圧倒できるとは思いにくい。

 高齢者や女性の雇用増加ペースが次第に鈍化すると予想されるうえに、今の生産性上昇率を明確に引き上げることも実はビッグ・チャレンジなのである。だとすれば、潜在成長率が2%という前提は論外として、1.2%という前提ですらなお楽観的過ぎる可能性が小さくない。

 成長戦略において野心的な目標を掲げるのは良いと思う。しかし、財政や社会保障の将来については、野心的な前提に依拠して議論しても意味がない。せめて別途、十分保守的な前提に基づいたプランBも示されるべきではないだろうか。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:6/14(木) 14:00
ニュースソクラ