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<東電>福島第2原発廃炉へ「復興に向け前進」被災者ら期待

6/15(金) 9:00配信

毎日新聞

 「福島第2原発の全4基を廃炉の方向で検討する」。東京電力ホールディングスの小早川智明社長が14日、初めて内堀雅雄福島県知事に明言したこの一言に、被災者らは大きな期待を寄せた。一方で「遅かった」と悔やむ声も聞こえてくる。今後の具体的なスケジュールや正式な「廃炉」はいつ決まるのか、廃炉はどう進むのか。復興を望む被災者らは希望と不安の中で注目している。【岸慶太、宮崎稔樹、乾達】

 第2原発は1982年に1号機が営業運転を開始。震災による津波で浸水し、4基すべてが停止した。これまで地元住民や自治体が全4基の廃炉を要請したが、東電は態度を明らかにしなかった。だが、政府・与党からも判断を迫られ、震災の損傷が大きい1号機について昨年3月、廃炉の方針を固めた。

 以降も県議会などが全基の廃炉を求めていた。県議会の吉田栄光議長は「このたびの意思表示は、県の復興に向けて大きな一歩となる。廃炉に向けた東電の社内手続きや財源などで一定のめどが立ったのだと思う」と話した。

 楢葉町内の寺の男性住職(47)は「原発事故で被害を受けた県民全体の世論を踏まえれば当然。これまで廃炉が決まらないから、町民は帰還するかどうかの判断が難しくなっていた。復興に向けた前進になる」と歓迎した。

 一方、今年3月に家族4人で楢葉町に戻った主婦(42)は「廃炉は自然な流れなのかな。東電は第1原発の事故処理に集中し、安全に進めてもらいたい」と冷静だ。

 また、富岡町から夫(74)と2人で千葉市に避難している主婦、木幡正子さん(73)は「老後に住む家を」と新築して10年ほどで原発事故に遭った。自宅のある地域は昨年3月に避難指示が解除されたものの、町の医療体制などは不安で「戻るかどうかは半々」だ。それでも「廃炉を決めたことで、町が生まれ変わるきっかけになれば」と期待した。

 福島や青森県内など7カ所を転々とした女性(62)は昨年8月、第2原発の北約3キロにある富岡町の復興公営住宅に落ち着いた。「7年は時間がかかりすぎ。なぜ今なのかも腑(ふ)に落ちない」と話す。さらに9キロ北には第1原発があり、万一の事故に備え、約90キロ離れた会津地方に避難用のマンションを用意しているという。

 富岡町から西郷村に避難する農家の男性(67)は「やっとか。もっと早く決められなかったのか」と、ため息をついた。「検討だけでなく、一刻も早く作業のスケジュールを示してほしい」と話す。 現在は、避難先から富岡町まで通い農業を続ける。第2原発がなくなれば「町で作る農産物の風評払拭(ふっしょく)に少しでも良い影響があるのでは」と期待する。

最終更新:6/15(金) 9:00
毎日新聞