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<ロシアW杯>酒井高徳の兄「培ったものを出し切って」

6/15(金) 9:00配信

毎日新聞

 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で、2度目の大舞台を迎える日本代表DF酒井高徳(ごうとく、27)=ドイツ・ハンブルガーSV。4人兄弟の次男で弟2人もプロ選手となったサッカー一家にあって、長男の高喜(ごうひ)さん(28)は柔道を選び、実業団でも競技に取り組んだ。「頑張った人間が報われる世界。培ったものを出し切ってほしい」と弟の飛躍を願う。【大谷津統一】

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 高喜さんは小学2年の頃、一つ年下の高徳と一緒にサッカーを始めた。新潟県三条市の自宅近くの公園で、中学生の輪に自然と交じるようになった。「高徳は一緒にボールを追いかけて、僕はゴールキーパーだった」と高喜さん。ぜんそくを患っていた高喜さんは次第に足が遠のいたが、高徳は少年団でサッカーに取り組んだ。

 高喜さんの記憶に残るのは、時間があれば実家の前にある工場の壁に向かってボールを蹴る高徳の姿だ。弟の宣福(のりよし、25)=現J2大宮、高聖(ごうそん、22)=現ドイツ・リューネブルクSKハンザ=も次第にそこへ加わった。弟3人は居間の隣にある六畳間でもサッカーに興じ、衛星放送でスペインリーグの試合に見入っていた。高喜さんは「今思えば本当に強くなる選手は、ああいう努力をしているのだなと感じる」と振り返る。

 高喜さんは友人に誘われ、中学2年から柔道を始めた。それまでやっていた空手や卓球は長続きしなかったが、柔道は「公立の中学で厳しくなく、楽しかった。子供がやりたいことを両親が一切否定しなかったから、自分に合うものを見つけられた」。1年後に県大会で8強入り。新潟・加茂農林高では全国高校総体に出場し、強豪の天理大に進んだ。

 一方、中学時代の高徳は身長150センチ台と小柄で、なかなか素質が開花しなかった。新潟(現J2)ユース時代も「トップチームに上がれないかもしれない」と不安を漏らしながら、ポジションをFW、MF、DFと変え、次第に存在感を示すようになる。そして18歳の誕生日を目前にした09年3月、新潟のトップチームでJ1初出場を果たした。11年12月にはドイツのシュツットガルトへ移籍。その後はドイツで活躍を続けている。

 新潟時代の高徳の試合を、高喜さんは大学生の時に一度観戦した。「すごいなと思う半面、自分も負けられない。あいつが努力で勝ち取ったのだから」。刺激を受け、卒業後に門をたたいたのは新日鉄住金柔道部。バルセロナ五輪金メダルの吉田秀彦さん、東京五輪銀の神永昭夫さんらを輩出した名門だ。3年間の選手生活の最後となった2015年には、全日本実業個人選手権100キロ超級で8強入りした。現在は社業と並行して柔道部の主務を担い、大会の準備、合宿の手配などで15人の部員を支える。

 高徳は前回の14年W杯ブラジル大会で代表に選ばれながら出場機会がなかったが、今回は左右両サイドの守備などを幅広くこなす貴重な存在と位置づけられている。高喜さんは今回こそ「ドイツで積んだ経験を出せば、きっと良い大会になる」と期待し、自分を勇気づけてくれる弟の雄姿を待ち望んでいる。

最終更新:6/15(金) 9:00
毎日新聞