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「リビア方式核放棄」より怖いのは国民の恨み 北朝鮮がカダフィ大佐から学ぶべき教訓

6/15(金) 9:34配信

産経新聞

 史上初の米朝首脳会談は、共同声明で「完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄(CVID)」を明記せず、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、いわゆる「リビア方式」を応用した一括的な非核化要求をひとまず回避した。一方でドナルド・トランプ米大統領は、金委員長に「安全の保証」に向けた言質を与えた格好となったが、現体制をいかに維持するかという点では、北朝鮮がリビアから得られる教訓はまだ残っている。(前中東支局長 大内清)

■得意満面だったカダフィ大佐

 2004年2月、リビア北部シルトで開かれたアフリカ連合(AU)首脳会合。「アラブの狂犬」と呼ばれた同国の最高指導者、ムアンマル・カダフィ大佐は、居並ぶ各国要人たちに「大量破壊兵器なんか早く手放した方がいいぞ」と鷹揚な態度で訓示を垂れていた。

 それもそのはずである。カダフィ政権は、03年末に核兵器開発計画を含むすべての大量破壊兵器を廃棄すると宣言し、関連設備や書類の国外搬出などを認めた見返りとして、米国から科せられていた経済制裁の緩和という“果実”を手にしつつあったからだ。

 産油国であるリビアが制裁対象から外れれば、高い経済成長が見込める。実際にリビアとの取り引きなどを禁じる米国内法(イラン・リビア制裁法=ILSA)からリビアが除外されたのは06年のことだが、すでに同国には、いち早く儲け話にありつこうとする各国のビジネスマンたちが熱い視線を向けていた。

 当時のリビアの核開発は「非常に初期の段階」(専門家)にあり、核兵器保有の脅威は差し迫ったものではなかったといわれる。それでも、宿敵イスラエルとその後ろ盾である米国に対抗することを目論んでいたカダフィ大佐が大胆な方向転換を決めたのは、核を含む大量破壊兵器が体制の保証にはつながらず、むしろ自国の安全を脅かしかねない、と判断したからだった。

 当時の息子ブッシュ米政権が03年3月、大量破壊兵器保有疑惑を名目にイラクへ侵攻し、同国のサダム・フセイン政権があっさりと倒れた。ならば、先んじて放棄を宣言して将来の米国の介入を回避し、体制安定と経済的実利を手にしよう。「アフリカの王の中の王」を自称していたカダフィ大佐は、自らの慧眼に鼻高々だった。

■あっという間に争乱拡大

 制裁緩和により、欧米企業と組んでのエネルギー開発や商業活動は活発化した。しかし、国内の言論弾圧や体制に批判的な人物を政治犯として取り締まるなどの人権状況は遅々として改善しなかった。これが、カダフィ政権崩壊に至る内戦の伏線となった。

 11年、隣国チュニジアに端を発した「アラブの春」と呼ばれる民主化要求デモの奔流がリビアにも波及し、首都トリポリがある西部への敵対心が根強い東部を中心とした武装蜂起につながった。争乱はあっという間に各地に広がった。

 反政府勢力の勝利を決定づけたのは、人権問題に敏感な英仏が主唱した北大西洋条約機構(NATO)による軍事介入だったが、根本的な原因は政権の弾圧に嫌気と恨みを募らせた民衆感情にあったといえるだろう。

 反政府勢力が首都に突入し政権が完全崩壊した直後の11年8月、記者(大内)は、一部で戦闘が続いていたトリポリを取材した。

 かつて政治犯でいっぱいだった刑務所は異臭が漂っていた。そこで知り合った元収容者の男性の証言によれば、日常的に拷問が繰り返され、「死亡した者が弔われもせずに埋められることも珍しくなかった」という。再就職に必要な医療記録を探しに無人となった刑務所を訪れていた男性は、「こんな場所には二度と来たくなかった」と顔をゆがめた。

■国民が快哉叫んだ大佐の死

 1969年にクーデターで政権を握ったカダフィ大佐の独裁体制の下、国民は政権への恐怖を強いられた。政治犯として刑務所に送られた者だけでなく、その親類縁者や友人に、強い恨みを残した。

 首都陥落後も逃走を続けたカダフィ大佐は、2011年10月、最後に逃げ込んだ下水管から民兵に引きずり出されて射殺された。この時、多くの国民が快哉を叫んだのは、その恨みの深さゆえだ。内戦でカダフィ政権軍は、反政府勢力に対し、大量破壊兵器廃棄後も手元に残されていた短距離ミサイルを撃ち込んだりもしたが、民兵らの士気をくじくことはできなかった。

 リビアではその後、暫定政権が発足したものの、国内各地に生まれた軍閥をまったく統制できず、分裂状態に陥った。

 中央政府が機能せず、治安維持能力が低下する中で、同国は、欧州へ渡ろうとする不法移民の主要な経由地にもなった。一国の体制崩壊が、周辺国にとっていかに危険かを示したともいえ、それを軍事力で安易に手助けしたNATOの責任は重い。

 それでも、最も大きな責任は、自国民に苛烈な態度をとり続けたカダフィ政権そのものにあることは間違いない。かつて大量破壊兵器廃棄の効用を説いたカダフィ大佐だが、今なら、「体制存続のためには国民に恨みを残すべきではない」とも付け加えるだろうか。

最終更新:6/15(金) 9:34
産経新聞