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標高2500メートル 秘密の高地トレ効果は… 元マラソン五輪選手・小鴨由水さんの実業団時代

6/15(金) 8:00配信

西日本新聞

バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨由水さんの聞き書き「人生走快13」

 1991年冬、ダイハツ陸上部の大阪国際女子マラソンに向けた特別練習が始まりました。出場するのは私とエースの浅利純子さん、当時の主将で最年長の今中恵子さん。私たちは1日40キロや35キロの走り込みを積んだ上、12月15日、ダイハツとしては初の海外合宿へ旅立ったのです。

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 到着したのは、米国ニューメキシコ州のグランツ。ロサンゼルスから東に約1100キロの小さな町です。標高2500メートルのこの地で高地トレーニングを積むことが目的でした。

 ここで高地トレの効果を説明しておきますね。高地は酸素濃度が薄いため、人の血中の酸素濃度は低下します。そこで、人の体は血液の中により多くの酸素を取り込もうと、赤血球やヘモグロビンを増やすのです。その状態で平地に戻ると、最大酸素摂取量が増えていて、スタミナが向上する、という仕組みです。

「長距離走者には高地トレが最適だ」

 今でこそ高地トレはマラソンの普通の調整法ですが、当時は先進的でした。私が高校時代からダイハツの長野県での高地トレに参加していたことは、話しましたね。当時は他チームやマスコミにこれを知られないよう、選手にかん口令が敷かれていたほどなのです。

 高地トレの発案者はもちろん鈴木従道(つぐみち)監督です。監督は1968年、標高約2240メートルの高地であったメキシコ五輪1万メートルの日本代表でした。現地で練習して「長距離走者には高地トレが最適だ」と実感。その体験をダイハツで指導者として早速、生かしたのです。

高地トレの成果は歴然、あとは号砲待つのみ

 他にも、筋肉中に乳酸がたまると疲労の原因になることは、今では多くの方がご存じですよね。監督は、それに対処する科学的なトレーニングも導入していました。一定のペースで選手を走らせては、血液中の乳酸値を計測します。そうしながら徐々にペースを上げていき、42・195キロを走り通せる体をつくるやり方でした。私はあまり意味が分からずやっていましたが、振り返ると、本当にすごい監督だったと思います。

 そんな鈴木監督に率いられた米国合宿は、順調に進みました。私は途中で右足首に痛みを感じて少し休みましたが、逆にたまった疲れが取れました。米国で迎えた新年も練習に明け暮れて、92年1月9日、私たちは帰国します。その3日後、私は都道府県対抗女子駅伝に兵庫県のアンカーとして出場し、10キロを33分15秒の好記録で走りました。高地トレの成果は歴然です。あとは号砲を待つだけでした。

小鴨 由水(こかも・ゆみ)

 1971(昭和46)年12月26日、兵庫県明石市生まれ。20歳で初出場した大阪国際マラソンで、当時の国内最高記録で優勝。バルセロナ五輪女子マラソン代表に選ばれ、「シンデレラガール」と呼ばれた。五輪の後は一時、マラソンを離れたが、福岡市に拠点を移して競技生活を再開。現在は障害者のランニングクラブを主宰し、福岡マラソンのゲストランナーなど多彩な活動を続けている。私生活では、パートナーの男性と4年前に死別。生命保険外交員として働きながら、2人の男の子を育てている。

西日本新聞社

最終更新:6/15(金) 8:00
西日本新聞