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スーパー・ストロング・マシン、引退セレモニーで告白「一つの理由は妻の死です」

6/20(水) 0:07配信

スポーツ報知

◆新日本プロレス「KIZUNA ROAD2018」大会(19日、東京・後楽園ホール、観衆1569人) ▽スーパー・ストロング・マシン引退記念試合60分1本勝負 〇S・S・マシン・NO69、S・S・マシン・ドン、S・S・マシン・ジャスティス、S・S・マシン・バッファロー、S・S・マシン・エース(15分33秒 魔神風車固め)内藤哲也、SANADA、EVIL、高橋ヒロム、BUSHI、●

 人気覆面レスラー・スーパー・ストロング・マシンがこの日を持って引退。1978年に新日に入門して以来、40年にわたるプロレス人生に幕を下ろした。

 14年から体調不良のため、リングから離れていたベテランレスラーは、この日は名物マネジャー・将軍KY若松氏とともにグレーのスーツで登場。レスラー人生で両目、両ヒザ、脊柱管など6度の手術を受けた体はボロボロ。この日もファイトは不可能でリング下で後輩たちのファイトを見守った。

 新日も去りゆく先輩に最高の“おもてなし”。SSマシン・NO69(田口隆祐か?)、SSマシン・ドン(中西学か?)、SSマシン・ジャスティス(永田裕志か?)、SSマシン・バッファロー(天山広吉か?)、SSマシン・エース(棚橋弘至か?)という5人の新日道場でコーチ役だったSSマシンの薫陶を受けた後輩レスラーたち(?)がそろって5色のコスチュームにマスクを被って登場。内藤哲也(35)率いる「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」軍と戦った。

 リングサイドのイスに座って見守っていたマシンも最後にはエキサイト。立ち上がって場外で内藤にラリアットを決めるシーンもあった。

 試合後のセレモニーにはヒロ斎藤、垣原賢人、柴田勝頼らゆかりのレスラーが次々と花束を持って登場。1人1人にマシンは「ありがとう」と頭を下げた。

 そして、満場の「マシン」コールの中、マイクを握ると、「私のプロレス人生に全く悔いはありません。やり切ったという感じです」と涙声で絶叫したマシン。観客も全員立ち上がっての引退テンカウントの後、「すみません。もう一つだけ大事な人への感謝の言葉をこの場をお借りして言わせて下さい」と切り出した。「1月25日午前7時15分、28年間連れ添った、わが妻・マサミがガンのため、天国へ旅立ちました。マサミ~、ありがとう!」と最後に天に向かって叫んだ。

 バックステージに引き上げてからも「引退を決意した一つの理由に妻の死がありました。(新日との)契約が終わる6日前のことでした。ダブルショックで、そのためにも第二の人生をと、きっちり決断しました」と明かすと、「マシンは今日で消えます。ありがとうございました」と頭を下げ、40年のリング生活に別れを告げた。(中村 健吾)

 ◆スーパー・ストロング・マシン 柔道に打ち込み、1978年5月に新日本プロレス入門。78年8月26日、長野大会での藤原喜明戦でデビュー。82年、メキシコ遠征へ。83年、カナダ・カルガリーに転戦。84年8月、覆面レスラー・ストロング・マシンとなり、マシン軍団に。軍団脱退後、スーパー・ストロング・マシンとなり、85年、カルガリー・ハリケーンズを結成。ジャパン・プロレスを経て、全日本プロレス参戦。87年に新日に復帰。烈風隊からレイジング・スタッフに加入。00年代も覆面ヘビー級レスラーとして活躍も目、両ヒザなど6度の手術を重ね、14年4月以降、試合出場は無し。今年4月に引退を発表。183センチ、115キロ。

最終更新:7/14(土) 5:45
スポーツ報知