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夢を諦めず音楽で垣根越える 脳性まひのバイオリニスト

6/21(木) 19:14配信

カナロコ by 神奈川新聞

 脳性まひを患いながら夢を諦めず、努力し続けた青年がいる-。小田原市在住のバイオリニスト式町(しきまち)水晶(みずき)(21)。今年4月、アルバム「孤独の戦士」で念願だったメジャーデビューを果たした。 

 3歳で脳性まひ(小脳低形成)を発症し、手足の筋肉が萎縮しやすい上、臓器や目にも疾患を抱えている。

 4歳の時、リハビリにつながると始めたバイオリン。「教えられない」と指導を断られたこともあったが、8歳の時、恩師となるバイオリニストの中澤きみ子と出会い基礎を教わる。

 10歳の時には、ポップス、ジャズなど幅広い演奏を手掛けるバイオリニストの中西俊博にも指導を受けた。「こんにゃくを使って物をつかむ練習や、手と足でひたすらリズムをとるレッスンなど、中西先生の下でバイオリンを弾きこなす体力を養いました」

 特別支援学級や盲学校を行き来する中、小学6年の時にクラスでいじめにあった。「障害がある自分と、健常者の同級生。バリアフリーと言われていても、壁は一生取れないと思えるほど傷つきました」

 同時期に、医者から失明宣告を受けた。「自分がいじめられていたことと、失明の恐怖でとても孤独でした」。そんな折、慰問演奏で医療刑務所へ行くことに。 

 「受刑者が罪と向き合う姿を想像すると自分の孤独ともリンクして、何か自分にできることはないか、そう思って曲を作りました」。12歳の時に作曲した「孤独の戦士」は、デビューアルバムにも収録。「自分の分身のような曲」と今も大切にする。

 バイオリンのレッスンで培った体力を糧に、筋肉トレーニングも地道に励んだ。しかし、体を鍛えたことで2次障害も発症。肩や腰にまでまひが現れ、薬を飲みながら症状を抑え続けた。

 ある日、「バイオリンは僕の特技で武器なんです。これがなかったらまたいじめられる」と、泣きながら中西に相談した。「武器」という例えに、怒られると思ったが、中西は「僕は、障害のあるみっくんの気持ちを本当に分かってあげられない。それがつらい、ごめん」と、自分を思って泣いてくれた。

 その涙が癒やしとなり、きつかった音色も、穏やかな響きに変化。15歳の時、車いすを必要としなくなるまで体が劇的に回復し、プロへの道が開けた。

 「僕の親友は耳が聞こえないので、耳に障害があっても同じ空間で音楽を楽しめるコンサートを開くことが夢です」

 東日本大震災の津波で被災した「奇跡の一本松」などから作られた「津波バイオリン」。その“奇跡”の演奏を託された一人でもある。「多くの人に希望や癒やしを与えられるバイオリニストを目指しています」