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「僕は今、社会の最底辺にいる」生活保護を申請した男性の告白 「国民の権利」だけど……戦々恐々と窓口へ

6/26(火) 7:01配信

withnews

 生活保護を申請したという男性が、手記を書いてくれました。ハンドルネーム「たぬ吉」さん。33歳。生活保護には、いろんなイメージがあります。不正受給や「働かずに楽をしている」といった悪いイメージをもつ人も、少なくありません。実際に申請する人の事情はそれぞれ多様ではありますが、ひとつの例をご紹介します。(朝日新聞デジタル編集部記者・原田朱美)

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 たぬ吉さんは、東京都八王子市在住です。
 生活保護をなぜ申請したのか。どういう気持ちで申請したのか。
 ここから、彼の文章です。

春のある日

 ひい、ふう、みい。

 財布の中身をベッドの上に並べてみると、そこには折目のついた3枚の千円札と、鈍く光る小銭が数枚あった。銀行にいくらか記憶違いで入ってないだろうかと、祈るような気持ちでATMまで行ってみたけれど、表示された残高はたったの数百円。家に貯金箱なんてものは存在しないので、紛れもなくこれが全財産である。

 とち狂ったように届く電気やらガスやら請求書の山とそれらを交互ににらんでみるが、どうあがいても詰んでいる。八方ふさがりとはまさにこのことだった。

 僕は3年前、某大学病院でADHDという発達障害の診断を受けている。

 この障害は不注意によるミスや忘れ物が多かったり、朝の支度が間に合わず会社に遅刻してしまったり、お金の管理が苦手だったりと、自分の細かい行動をうまく制御できない性質を持っている。

 また、愛着障害と呼ばれる軽度の精神疾患も抱えている。これが原因で、ささいなことに怒ったり傷付いたりしてしまうため、周囲との良好な人間関係を築くことが難しく、トラブルを起こしてしまいがちだ。この疾患はいわゆる「毒親」 による過干渉、あるいは無関心といった極端な養育環境により、自己肯定感が十分に育たないことが要因と言われている。

 2ヶ月前に辞めた職場はひと月と持たなかったし、それ以前に勤めた会社もほとんどが半年以内に辞めてしまっている。無論、そのすべての退職理由が人間関係の悪化によるものだった。

 家は母子家庭で、もともと経済的な余裕はあまりなく、大人になってからもそれは変わらなかった。姉がキャバクラで働いて家計を支える反面、無職の母親が毎日のようにパチンコへ通うというズブズブの共依存で、自分はとうに縁を切ってしまった。
 それゆえ金銭面では一切頼れないのが実情だ。

 背に腹は代えられないと、恥を忍んである友人にかけ合ったところ、彼は穏やかな口調でこう言った。

 「今回俺が金を貸すことで一時的にしのげたとしても、またどこかのタイミングで同じことが起こると思う。俺はその時きっと力になってあげられないし、今よりもっと追い詰められた状況を見聞きするのも辛い。事情を話して、生活保護を受けてみたらどうかな。それは全然恥ずかしいことじゃなくて、国民の権利だからさ」

 正論すぎて、ぐうの音も出なかった。

 僕だって生活保護という選択肢が考えつかなかったわけではない。でもそれは自分の中で死ぬほど恥ずかしいことだと思っていたし、もっと過酷な状況下じゃないと認めてもらえないだろうという先入観もあり、無意識に避けていたのだった。

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最終更新:6/26(火) 7:01
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