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【木内前日銀政策委員の経済コラム(18)】自然利子率が、金融政策正常化のキーワードに

6/26(火) 11:40配信

ニュースソクラ

物価目標未達の中、批判かわす秘策に?

 日銀の金融政策を占ううえで、「自然利子率」という言葉が注目を集めている。

 5月10日の講演会で黒田総裁は、「自然利子率が上昇すれば、金融緩和の効果は増す」と説明している。また、3月に公表された日本銀行の論文では、自然利子率が1%前後まで高まっている可能性が示されていた。

 こうした総裁発言、あるいは論文は、自然利子率の上昇が金融緩和効果を高めていることを理由にして、日銀がいずれ10年金利の目標値を引き上げるための布石、との見方もある。

 将来の正常化実施の際に、それを正当化する材料として自然利子率の上昇を日銀が利用する可能性は確かにあるのではないか。

 自然利子率とは、経済に対して中立な実質金利(予想物価上昇率を引いた名目金利)のことだ。

 リーマンショック後には、世界的に大きく低下したと考えられている。金融緩和の効果は、基本的には実質金利を引き下げることから生じるが、実質金利が自然利子率の水準をより下回るほど、金融緩和の効果は高まると考えられる。

 両者の差を拡大させるには、中央銀行が直接コントロールできる、名目短期金利を引き下げるのが最も確実だ。しかし名目短期金利がゼロ近傍まで低下すると、さらに下げる余地は無くなった。

 そこで国債買入れ策によって名目長期金利の引下げを目指すと同時に、予想物価上昇率(期待インフレ率)を押し上げることで実質金利を引き下げ、両面から実質金利と自然利子率の差を拡大させて金融緩和効果を高めることを狙ったのが、2013年4月に導入された量的・質的金融緩和だった。

政府の政策を評価しながら「調整」実施か

 以前、記者会見の場で黒田総裁は、予想物価上昇率(期待インフレ率)が高まれば、上記のメカニズムで金融緩和効果が自動的に高まるため、その分、10年金利目標値を引き上げるという調整を行なっても金融緩和効果は損なわれない、との記者の指摘に、一定の理解を示す姿勢を見せた。

 この点から、予想物価上昇率の上昇を理由に10年金利目標値を引き上げる、あるいは目標値を短期化することで長期金利の上昇を容認する、といった「調整」(日本銀行はこれを正常化策の一環とは認めないだろう)を実施することを、日銀が検討している可能性は否定できない。

 しかし物価関連指標は、足もとで軒並み悪化している。予想物価上昇率が高まっているということを説明するのが難しくなってきたことから、今度はそれに代えて、同じ金融緩和効果を高める効果を持つ自然利子率の上昇を「調整」の理由付けに使うことを、日銀が検討し始めた可能性も考えられなくはない。

 冒頭の5月10日の総裁の講演会の中で注目されるのは、「政府の成長戦略の推進や企業による生産性向上に向けた取り組みが続くもとで、経済の潜在成長率が高まり、自然利子率が上昇すれば、やはり金融緩和の効果は増すことになります」との発言だ。

 つまり、政府の成長戦略、構造改革が効果を表せば、それが潜在成長率、自然利子率を高めて、ひいては金融緩和効果も高める、と述べているのだ。

 政府の成長戦略、構造改革のおかげで潜在成長率、自然利子率が高まり、金融緩和効果が強化された可能性を指摘し、それを理由に長期金利を上昇させるという「調整」を実施することができたと日銀が説明すれば、それは同時に政府の経済政策を持ち上げることにもなる。

 そうした「調整」の実施が、物価目標が達成されない中での事実上の正常化策に当たると仮に批判されても、あるいは それが金融市場に悪影響を生じさせることがあるとしても、政府の経済政策の成功によって実現できた政策であると日銀が説明すれば、少なくとも政府からの強い批判は免れることができるのではないか。

 そのため、日銀にとって「調整」という名の事実上の正常化策が、実施しやすくなるだろう。こうした点から、先行きの金融政策を占ううえで、自然利子率は重要なキーワードとなる可能性がある。

■木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。

木内氏の近著
1)『金融政策の全論点: 日銀審議委員5年間の記録』(東洋経済新報社、2月16日出版)。
2)日銀の金融政策についての見解をまとめた『異次元緩和の真実』(日本経済新聞出版社、2017年11月17日出版。

最終更新:6/26(火) 11:40
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