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松本サリン事件から24年 河野義行さん「もっと深い真相を」 オウム真理教・死刑囚は今

6/27(水) 19:03配信

中京テレビNEWS

 オウム真理教によって引き起こされた「松本サリン事件」から24年。事件の被害者とオウム真理教、そしてその後継団体を取材しました。

 河野義行さん(68)。オウム真理教による事件で妻を亡くし、今は愛知県に住んでいます。

「私にとって非日常のことが日常になった事件」(河野さん)

松本サリン事件 1994年6月27日

 24年前の6月27日。長野県松本市の住宅街で住民が次々と息苦しさなどを訴え、病院に運ばれました。死者8人、重軽傷600人以上を出した松本サリン事件です。

 後に、オウム真理教の犯行とわかるまで疑いの目を向けられ続けたのが、第一通報者の河野義行さんでした。

「突然、家族4人が入院し、明くる日には強制捜査が入って、次の日には事件の犯人というような状況になった」(河野さん)

「(自分に)疑いを晴らすだけのものがなかったから、約1年疑われ続けたということだと思います」(河野さん)

 松本サリン事件の9か月後の1995年3月。死者13人、6300人を超える負傷者を出したのが地下鉄サリン事件でした。

麻原彰晃(本名:松本智津夫)死刑囚 13の事件で殺人などの罪

 その2か月後、オウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚が逮捕されました。

 坂本弁護士一家殺人事件をはじめ、松本サリン事件、地下鉄サリン事件など13の事件で殺人などの罪に問われ、死刑が確定しています。一連の事件であわせて13人に死刑判決がくだされました。

 そして今年3月。死刑判決が確定している13人のうち、7人が名古屋や大阪など5つの拘置所へと移送され、名古屋には2人が送られました。

 そのうちの1人、岡崎一明死刑囚。坂本弁護士一家3人を殺害したほか、信者の男性を殺害したとして死刑が確定しています。

岡崎死刑囚の獄中ノート

 岡崎死刑囚が獄中で書き記したノート。12冊800ページにも及び、逮捕されてから現在までの心情が書かれています。

「被害者の方々の無念さや苦痛を思い起こし、我が身がこの世に存在することすら忍びなく恥じるばかりです」(岡崎死刑囚の手記)

「坂本弁護士宅での犯行の際、隣の方から聞こえてきた都子さん(坂本弁護士の妻)の声が耳から離れません」(岡崎死刑囚の手記)

 犯行当時をこう振り返る岡崎死刑囚。さらに、

「その結果、どのような刑が宣告されようとも覚悟はできています」(岡崎死刑囚の手記)

自らの犯行に対する深い反省がつづられていました。

「このような事件がもう二度と起こることがないように、また麻原のような怪物が二度とこの世に生まれてこないためにも、これらの事件とオウム真理教のすべての真相を積極的に話していきたい」(岡崎死刑囚の手記)

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