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「甲子園レジェンド始球式」に桑田、金村、水野3氏が“登板”

7/6(金) 19:20配信

スポーツ報知

 日本高野連と朝日新聞社は6日、第100回全国高校野球選手権記念大会(8月5日開幕・甲子園)で、元球児による「甲子園レジェンド始球式」を行うと発表した。始球式を務めることが決まったスポーツ報知評論家、金村義明、水野雄仁、桑田真澄3氏が、意気込みを語った。

 1981年大会、兵庫・報徳学園の「エース&4番」として大車輪の活躍、決勝で京都商を2―0で下し、3394校の頂点に立った金村義明氏は「私の野球人生の原点である甲子園で、また投げられるなんて夢のよう。身に余る光栄です。五十肩であまり肩が上がらないけど、いい球を投げたい」と喜びを語った。8月17日に登板。

 徳島の池田は「攻めダルマ」の異名をとった蔦文也監督のもと、全員がフルスイング。82年夏と83年春を連覇した。エースとして、「やまびこ打線」の主軸打者として、チームをリードした水野雄仁氏は「阿波の金太郎」の愛称で全国の高校野球ファンに親しまれた。「選んで頂いて光栄です。甲子園大会を見ると、いつもふるさとを思い出します。東京へ上京した人や、大阪へ出て行った人でも、たとえ母校ではなくても郷土の高校を応援したくなる。そんな『ふるさと感』が、100回続いた甲子園大会の最大の魅力だと思います。(巨人で)現役を引退して20年。マウンドに届くかどうか(笑い)。球速100キロ、ノーバウンド、そしてストライク投球を目指します」。8月11日に登板。

 池田の3季連続優勝がかかった83年夏の大会。準決勝で池田を破ったのが大阪・PL学園だ。1年生エースとなった桑田真澄は、清原和博との「KKコンビ」で、3年夏まで5度の甲子園すべてに出場。戦後個人最多の通算20勝は、いまだ破られていない記録だ。「僕を育ててくれた甲子園球場への感謝の気持ちと、100回大会まで歴史をつないで下さった方々への感謝の気持ち、そして、次の100年に向けて新たな歴史を作っていく子どもたちへのエールを送るために投げたいと思います。甲子園のマウンドから見た風景はもちろん、土と芝生と、売店の焼きそばのソースが混じり合った独特の風の香りは、今も忘れられません。僕は野球に育てられ、死ぬまで野球と関わりながら暮らしていくつもりです。プロ野球、学生野球、高校野球という区別ではなく、日本の野球界が一緒になって発展してほしい。そのための1球でもあると思っています」。20日に登板。

最終更新:7/17(火) 7:48
スポーツ報知

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