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読者の「人生」から本選ぶ「1万円の選書」の軌跡

7/7(土) 12:03配信

スポーツ報知

 北海道砂川市の「いわた書店」に、全国から注文が殺到している。経歴や読書歴など、顧客自身が記入した「カルテ」をもとに、その人だけに合った1万円分の書籍を選んで郵送する「1万円選書」には毎年、約6000人が応募。インターネットの普及などで街の本屋が次々と姿を消す中、人口約1万7000人の小さな街の小さな書店が大ブレイクした軌跡をリポートする。(桃井 光一)

 岩田徹社長(66)は毎朝5時半から約1時間、自宅でエアロバイクをこぎながら本を読む。幅広いジャンルの本を年間100~150冊ほど読破し「1万円選書」に備える毎日だ。

 1958年、父親・晟(あきら)さんが開業した「いわた書店」。75年から店を手伝い始めた2代目は、書籍に囲まれて育った“本の虫”。小中学校の図書館にあったSF・推理小説を読みあさり、店に並ぶ学習参考書を立ち読みすることが試験勉強だった。長年の読書と40年以上の書店経験を生かし、「選書に応募してきた方には、この年齢になって見える景色を伝えていきたい」という。

 ここ数年、4月と10月に希望者を募る「1万円選書」には毎回3000人前後が申し込み、月1回の抽選で約100人が当選する。「心に染みる本が読める」と評判になって大ブレイクを果たしたが、廃業の危機を何度も乗り越えてきた。

 岩田社長が経営を引き継いだ90年は、48年に約4万5000人いた砂川市の人口が2万5000人を割り込み、店の売り上げも「右肩下がり」の時代。社長になってストレスが高じ、99年には店内で下血して大腸憩室炎と診断された。

 経営状態が悪化してきた2007年、岩田社長は母校の函館ラサール高OBたちの飲み会に参加。先輩たちに店の苦境を説明すると、「これで面白い本を送ってくれ」と1万円札が数枚差し出された。

 店に戻り1万円分の本を選び始めると、「送った本がつまらなかったら『面白くない本を並べてんじゃないか』と怒られるかな…」と悩んだ。その一方、「そうだ、こんな小さい店だから、面白い本だけを並べればいいんだ。お客さんに合った本を選ぶことは根源的なことなんだ」と直感。そんな先輩とのやり取りがきっかけとなり、「1万円選書」がスタートした。

 翌08年には、書店としてのスタンスを改めて認識する“事件”も起きた。

 友人たちと北米を旅行した際、ニューヨークで米国最大の書店「Barnes & Noble(バーンズ・アンド・ノーブル)」を視察。豊富な書籍、新刊書が4割引きで売られるサービスなどに圧倒された。日本の大手書店のニューヨーク支店では、入り口からコミックと雑誌が並ぶレイアウトにがくぜん。「これは本屋じゃない。マガジン屋だ。オレはブックで食っていくぞ」と誓った。

 だが、理想はあっても売り上げには結びつかない。13年9月には先代の父親が88歳で死去。同年末には経営が一番苦しい時期を迎えた。弁護士に今後のことを相談すると、「銀行への返済は月々20万円を10万円にして期間を長くしてもらう。岩田さんは還暦を過ぎてますから、年金をもらって給料を下げ、まずは潰れない態勢を作りましょう」とアドバイスされた。

 翌14年8月、テレビ朝日系の情報番組「アレはスゴかった!」(日曜・後11時15分~0時10分)で、細々と続けていた「1万円選書」が紹介された。翌朝、店のパソコンに約300通の申し込みメールが届き、3日間で550通に。みどり夫人(67)は「本屋の神様がいたんだ」と奇跡を喜んだ。

 経営難を脱して選書に追われる現在、岩田社長に見えてきたことがある。

 「皆さん、カルテに書き込むことで、これまでの人生を立ち止まって見つめているようです。今、何をすべきか、大切な人に何を話すべきかと考え始めた方に、僕は参考になりそうな本を提示するだけですが、答えは案外、分かっているもの。1万円選書はお客さまご自身の『内側の力』で成り立っているんですよ」

最終更新:7/17(火) 4:56
スポーツ報知