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著作権保護期間はホントに70年になる?

7/9(月) 17:08配信

ITmedia NEWS

 デジタル社会において、著作権をどのように位置づけていくかについては、様々な論点がある。論点があるということは、すなわち現状うまくいっていないということでもある。

think C:保護期間「延長派」「慎重派」それぞれのワケ

 とまあこのように指摘すると、現状がだめなら積極的に法改正すればいいじゃないか、現状にあわせてどんどん革新していくべき、と多くの方は考えるかもしれない。だが著作権法改正議論は、改革派のほうが先進的とは限らないのが難しいところだ。

 例えば著作権保護期間を何年にするか、という話である。日本では映画を除けば、著作者の死後50年と決まっている。これをもっと延ばせという派閥と、今のままがいいとする派閥のせめぎ合いが、筆者が知るだけでも10余年続いてきた。

 戦前の旧著作権法では、保護期間が死後30年となっていたが、1960年代に入ってから小刻みに延長され続けてきた。現在のように原則50年に落ち着いたのが、1971年のことである。

 近年の保護期間に関する議論の焦点は、現状維持(50年)か、70年延長かであった。70年というターゲットは、1993年、ヨーロッパがEU統合に合わせて70年に統一したことと、これに対抗する形で米国が1998年に70年に延長したことに由来する。つまり著作権の保護期間は、元々国によってバラバラなものなのだ。

 このあたりから、先進国は皆70年ならこれに倣わないと日本は先進国とは言えないとか、保護期間が長い方がなんとなく著作者が手厚く保護されている感じがするとか、保護期間の長さが揃わないと国際契約に支障が出るといった考えが生まれてきた。

 だが2000年代に入り、本当にそうなのか検証する人たちが次々に現れた。延長問題に関する情報ポータルである「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム(think C)」によれば、検証結果は3つのポイントに絞られる。

ポイント1:日本は元々著作物に関しては、輸出よりも輸入のほうがはるかに多く、それなら日本の保護期間は短い方が得だ、ということがわかった。なぜならば、著作物が国を渡った場合、その保護期間は渡った先の著作権法によって決まるからである。

 つまり日本の著作物は欧米に渡れば70年で保護されるが、欧米の著作物が国内に渡ってきたら保護期間は50年に短縮される。つまり日本では、欧米の著作物は現地よりも早く無償で利用が可能になるのだ。これはオイシイ。

ポイント2:保護期間を長くしても、儲かりゃしないということがわかった。死後に1冊でも著書が再版される著者は約50%、しかも死後数十年経つと、保護期間が残っているのにほとんどが出版されなくなる。ごく一部、たった2%の作品に再版の可能性があるのみだ。これをあと20年延長しても、得られる利益はほとんどない。そもそも出版されないのだから、利益の産みようがない。

ポイント3:海外とのコンテンツ販売契約において、保護期間が違うことで契約に調整が必要になったことなどないということがわかった。双方とも、「そういうもの」として先へ進めるだけで、法律を変えろとか、その分条件を付けるという話にはならないということである。つまり、国際貿易において、保護期間の違いは障壁になっていないため、貿易不均衡も起こっていない。

 こうした検証の積み重ねにより、保護期間を延長することにメリット無しとして、民間では一定のコンセンサスが得られていた。

●潮目が変わったTPP

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は、環太平洋地域に自由経済圏を構築することを目的とし、12カ国が参加した経済連携協定のはずであった。関税の自由化等が盛り込まれたこの協定には、各国の著作権法の違いを補正する条項も盛り込まれた。1993年にヨーロッパが保護期間を統一したことに倣ったわけである。

 およそ6年間のうち、個別交渉官会議まで含めると50回以上の会議を積み重ねたが、もっとも調整に難航したのが、著作権であると言われている。「言われている」と奥歯に物が挟まったような言い方しかできないのは、TPPは秘密会議なので、中でどのようなことがどのように話されたのかを具体的に知るすべがないからである。表に出てきた経緯の大半は、交渉官筋の(意図的な)リークをソースとしている。

 まあそれはともかく、著作権はもめたというのは事実のようだ。保護期間の70年統一、非親告罪化(これについては機会があれば語りたい)導入を強く求めたのはアメリカ、強く反発したのは日本だと言われている。

 そんな中で2015年10月、閣僚会合によって大筋合意に至ったと報じられた。この際に、保護期間70年延長が盛り込まれた。日本は他の有利な項目を得るために、著作権保護期間を手放したことになる。

 しかしここで大逆転が起こる。翌年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏が当選、大統領に就任するや、TPPからの離脱を宣言。主要国が離脱したことで、大筋合意に至ったTPPは、発効の目処が立たなくなった。

●「アメリカ抜きでやろうや」

 アメリカ離脱を受けて頓挫した旧TPPは、残りの11カ国で「TPP11」として引き続き方向性を模索することとなった。米国が強く主張していた部分を凍結し、残りの部分をフィックスして発効しようというわけだ。その凍結部分には、著作権保護期間延長も含まれる。ここに凍結される規定リストがあるが、項目14に「著作権及び関連する権利の保護期間 第18.63条」とある。凍結部分を残し、TPP11が大筋合意と報じられたのは、2017年11月である。

 国際協定が発効するためには、各国が議論した条件を持ち帰り、それぞれ国会及びそれに準ずる機関の議会にかけて、批准(ひじゅん)を得る必要がある。批准とは、条約に対する国家の最終的な同意手続きのことだ。

 日本では2018年5月18日の衆院本会議で、TPP11承認案が可決された。驚くべきことに、この承認案の中には著作権保護期間70年延長も差し込まれていた。TPP11では凍結されている条項であるにも関わらずこれを加えたということは、条約の内容によってではなく、日本政府独自の判断で入れたということに他ならない。

 続く6月13日の参院本会議でも、同じ承認案が可決、成立した。続いて6月29日には、関連法案も可決・成立している。

 これらの問題は、メディアで大きく報じられることはなかった。モリカケ問題、働き方改革法案など、もめるネタがおもしろおかしく報じられ、忘れ去られた格好だ。いったい日本政府は、政策として延長に反対だったのか賛成だったのか。凍結してある条項を、誰がなぜ差し込んだのか。そのあたりは著作権延長問題を長年追いかけてきた筆者らにも、わからない。

●保護期間は本当に70年になるのか

 TPP11は国際条約であるため、加盟国のうち6カ国が批准し、法的手続きを終えた60日後に発効する。すでにメキシコが手続きを終えており、日本が2番目となる。このままのペースで手続きが進めば、最短で年内発効はあり得るシナリオだ。

 つまり年内から来年前半あたりには、著作権保護期間は70年になる。10余年にわたる民間での議論の成果である「延長に利益なし」という結論は、関連書籍も数多く出版されたが、全く役に立たなかった。ドサクサに紛れて凍結条項を差し込んだのは、国内議論ではもめるので、条約というバイパスルートを使って国内議論をすっ飛ばしたという見方もできる。

 国会は、政府が国際条約として持ち帰った案件を細かく精査しないからだ。これが国内法改正なら、担当省庁の審議会等で時間をかけて議論し、報告書をとりまとめ、それに基づいて法案が作られ、といった審議プロセスがある。だが条約は「国際会議でそんだけ時間をかけてもんだ話ならいいんじゃないか」として通ってしまう。

 保護期間が延長されれば、それだけ過去の著作物の再利用が難しくなる。保護期間が切れてからの利用の話ではない。保護期間内に許諾を取って再利用したくても、作者の子孫が増えていくほど、権利処理は複雑化していくのだ。何せ死んでから70年である。1人の権利者も、ひ孫30人とかに増えている。うち1人2人はどうしても見つからないなんてことは、あり得る。

 子孫の方も、まさか自分にその作品の権利があるなどと知らずに暮らしている場合もあり得る。違法に作品が利用されていても、それが誰にもわからないのであれば、結局は法秩序が保てず、著作権法が機能不全に陥ることになる。

 保護期間が70年に延長されて真っ先に影響をうけるのは、著作権切れの文学作品を無償公開している「青空文庫」のような活動だと言われている。たしかにそこが一番わかりやすいところではあるのだが、これから我々の文化に深く影響を及ぼしていくのは、「コンテンツの再生産が止まる」ことだろう。

 「起こらなかったこと」はカウントできない。だから、影響の深さもカウントできない。こうして我々が気づかないうちに何かが失われていくことを、「滅ぶ」というのだろう。

 著作権法第1条には、「第一条 この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」とある。

 「文化の発展に寄与する」はずの法律が逆に機能し始めているが、それを正しい方向に転換させる手段を誰も持ち合わせていないのが、今の現実である。

[小寺信良]

最終更新:7/9(月) 18:29
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