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米韓軍事演習中止でも、韓国軍は圧倒的優勢

7/9(月) 14:30配信

ニュースソクラ

トランプが何と言おうと、米韓軍事同盟はこわれない

 6月12日の米朝首脳会談でトランプ米大統領は、非核化交渉中は米韓合同演習を中止する意向を示していた。これが北朝鮮中央通信の報道で明らかになり、事実米軍は例年8月に行っていたコンピューター・シュミレーションによる指揮所演習「乙支フリーダム・ガーディアン」などの中止を発表した。

 これに対し日本では「部隊の錬度を維持するうえで様々な演習は不可欠だ。米側が一方的に譲歩すれば抑止力を低下させかねない」(6月15日読売社説)とか
「在韓米軍は北朝鮮と向き合う最前線であり対中国でも重要な役割を担う。東アジアの安全保障に影響を与える方針転換を一方的に打ち出すのは同盟軽視と言わざるを得ない」(17日朝日社説)
など危機を訴える報道、論評が続出し、将来北朝鮮軍が韓国を制圧し、日本が第一線になる、とテレビで語る人も現れた。

 だがこれらは、まるで強大な韓国軍の存在を忘れたような論だ。北朝鮮がもっとも嫌がる例年3月から5月(今年は4月、5月)の実動演習「フォール・イーグル」の参加兵力は昨年も今年も韓国軍が約30万人なのに対し、米軍は艦艇の乗員を含み僅か1万人余。韓国軍の大演習に米軍が儀礼的に参加している形だ。

 米韓合同演習の中止は今回がはじめてではなく、核開発を巡る米側の取り引き材料に使われてきた。米、韓国軍は1976年に合同実動演習「チーム・スピリット」を始めたが、92年に一度中止、93年に再開、94年以後は行っていない。代わりに、米軍基地の防衛演習、「フォール・イーグル」を拡大、2002年頃から本格的な合同演習になった。

 現在、在韓米陸軍は人員1万9000人余。戦車約90輌、攻撃ヘリ約60機。米空軍は8000人、F16戦闘機40機、A10 対地攻撃機24機の小振りな部隊だ。

 韓国陸軍は人員49万人、戦車約2600輌(うち1600輌は比較的近代的な国産)、攻撃ヘリ96機を有する。

 空軍は攻撃力の高いF15Kが60機、F16が160機余のほか、小型のF5E、F戦闘機170機余、旧式だがなお使えるF4E(ステルスのF35に更新中)60機、国内開発の軽戦闘・攻撃機FA50が50機、計500機余の作戦機を保有している。航空自衛隊は約340機だ。

 米軍は冷戦直後の1990年には韓国に陸軍3万2000人、空軍1万2000人を配置していたが、90年にソ連、92年に中国が、北朝鮮の懇願を排して、韓国と国交を樹立し経済関係を拡大、親密化した。

 一方、北朝鮮は孤立、衰弱したため、在韓米軍の兵力は削減されてきた。主力の第2歩兵師団は当時2個機械化歩兵旅団を持っていたが、現在は1個旅団(約4400名)に減り、最前線に近い東豆川(トンドチョン)、議政府(ウイチョンプ)を去り、ソウル南方約70キロの平沢(ピョンテク)に移駐した。

 北朝鮮のロケット砲(射程約60キロ)による損害を避けるだけでなく、平沢は烏山(オサン)空軍基地に近く、港もあり、中東など他地域に出動するのに便利なためで、在韓米軍部隊が海外に出動する可能性を韓国にも説明している。その1個旅団も常駐ではなく、米本土から9ヶ月交代で派遣されている。

 朝鮮戦争(1950年~53年)当時の韓国軍は弱体で、米軍が主力だったから、米軍が韓国軍を指揮下に置いたが、今日では韓国軍の兵員49万人は米陸軍全体の47万人余を上回り、陸上自衛隊の3・5倍だ。

 装備、訓練も充実しているから、「指揮権を韓国軍に返還すべきだ」との論が韓国で出るのは当然だ。米国もそれに応じ94年に平時の指揮権を韓国軍に譲ったが、戦時の作戦統制権はなお米軍が握り、米韓連合司令部の司令官は在韓米軍司令官でもある米陸軍大将で、韓国軍の将官が副司令官となっている。

 米韓両国は2007年に一度、12年4月に戦時の作戦統制権も韓国軍に移譲することで合意したが、10年には韓国側の希望で移譲は15年12月に先送りし、さらに14年には米側の意向を受け20年代中期に延期した。

 韓国の将官が米韓連合軍を指揮すれば、米軍は韓国軍の指揮下に入ることになる。米軍が第一次世界大戦の末期、1917年に参戦した際には、同盟軍の主力だった仏、英軍の指揮下で戦ったが、韓国の文在寅政権が目指す「未来司令部」の韓国人司令官の下に米軍部隊が入ることには抵抗が強く、もし韓国側がそれに固執すれば米軍部隊の撤退もありえよう。

 韓国軍は通常戦力では北朝鮮に対して圧倒的に優位だ。韓国の国民総所得はすでにロシアをしのぎ世界11位で北朝鮮の約45倍、人口は2倍だから、国力の差では米国とメキシコ(米はGDPで約18倍、人口で2・5倍)の差より大きい。

 韓国の昨年の国防費392億ドルはドイツの443億ドル、日本の454億ドルに迫り、装備の近代化は着実に進んでいる。

 他方、北朝鮮の経済は近年少し好転したとはいえなお苦境にあり、韓国との経済関係が拡大する中国、ロシアは1990年以降北朝鮮にはほとんど武器を輸出していないため、ロシア設計の肩撃ち式対空ミサイル(中東あるいは東欧経由で入手、国産化したか)など一部を除き、装備の大部分は1960年代以前のロシア製や、それの中国版だ。

 戦車は朝鮮戦争時にソ連が供与したT34(第二次世界大戦で活躍)や、T54(ソ連で1954年に採用)が多く、部品、燃料の不足でほとんど動いていない様子だ。

 空軍の差は特に顕著で、北朝鮮の第4世代戦闘機はMiG29が18機程、対地攻撃機Su25が約30機、その一部だけが飛行可能のようだ。他方、韓国空軍はF15が60機、F16が160機余など500機が作戦可能だ。北朝鮮空軍はもはやなきも同然だから、韓国空軍は防空の必要が薄れ、500機の大部分を対地攻撃に使える。

 F15も空中戦用タイプではなく、対地ミサイルなどを運用する「兵装士官」を乗せるため複座にしたF15E(ストライク・イーグル)の韓国バージョンだ。これは11トン(B29は9トンだった)のミサイルや誘導爆弾を搭載する。韓国空軍はあげて爆撃空軍になった観がある。

 北朝鮮は通常戦争では勝負にならないからこそ、費用対効果が大きい核・ミサイル開発に向ったのだ。

 北朝鮮陸軍の人員は110万人と言われ、中国陸軍の97万5000人を上回り、インド陸軍の120万人に次ぐ。海、空軍も含めた北朝鮮軍の総人員は128万人で、韓国の62万5000人の2倍だ。

 だがそのため徴兵期間は8年程で、若い予備兵が少ない。韓国軍は人員の約4 分の1が2年服務の徴兵だから、毎年約8万人の若くて訓練済みの予備兵が生まれ、予備役を動員すれば人数に差はない。 

 北朝鮮は南北境界線のすぐ北側に、半島を横断して東西240キロ、奥行き約30キロの地下陣地を築き、そこに籠れば韓国軍も突破は容易ではない。

 だが、もし北朝鮮軍が地下陣地を出て南進すれば圧倒的に優勢な韓国の航空戦力に叩かれ、補給を切断されて壊滅する公算が大だ。 

 韓国にとって核、弾道ミサイル以外の第1の脅威は地下壕に隠れてソウルを狙う直径24センチ、22連装、射程60キロの車載ロケット砲だ。

 米軍もこれに対抗するため12連装の自走ロケット砲部隊「第210火力旅団」だけはソウル北方の東豆川に残し、敵のロケットの弾道をレーダーで捉えて発射地点を測定、ロケットを撃ち込む構えを取っている。

 だがこれも相手の発射機が地上に出て発射した後にカラの発射機(トラック)を壊せるだけだ。位置が定かでない地下陣地の敵への対処は米軍にも困難なのだ。

 韓国軍は弾道ミサイル「玄武2型」(射程300ないし500キロ)を1700発も持っているから、目標の位置さえ分かれば独力で破壊できるだろう。

 また南北は同一民族で基本的に言語も共通だから、北朝鮮特殊部隊が韓国軍と似た戦闘服を着て潜入すると厄介だ。もし戦争になれば米軍がいても、いなくてもソウル首都圏が相当な被害を受ける可能性はあるが、韓国全域が制圧されることは考えにくい。

 日本では「米韓合同演習が行われなくなり、もしその後米軍が削減されれば、中国は朝鮮有事に備えている戦力を日本周辺に回すことが可能になり、日本に対する軍事的圧力が格段に強まる」との説もメディアで流布している。

 だが中国軍は2016年2月の再編成で北朝鮮に近い遼寧省の南西部・錦州(チンチョウ)の第40集団軍を廃止し、東北3省(旧満州)と内モンゴル計197万平方キロ(日本の5・2倍)を守るのに、第78集団軍(吉林省・長春)と第79集団軍(遼寧省・遼陽)がいるだけだ。

 1個集団軍の人員は5万人前後だから、計10万人程度だろう。北部戦区には他に第80集団軍が編入されたが、これは渤海をへだてた山東半島のウェイファンにいて朝鮮とはほぼ無関係だ。

 東北3省と内モンゴルの広大な地域に約10万人というひどく手薄な兵力だから、それを中国軍が引き抜いて他に回すことは考えがたい。

 仮に尖閣諸島がある東シナ海に面する東部戦区に移すとしても、離島の攻防では制空権、制海権が決定的要素だ。海を渡れなければ地上部隊は日本に対する圧力にもならない。

 こうした流言飛語じみた説が出るのは、外務省、防衛省幹部が日本周辺の各国の部隊配備などに関する具体的知識を欠き、漠然とした印象や既成観念から「中国軍は北朝鮮有事に援軍を送るため、大軍を配備している」と空想している状況を物語る。

 また、それを聞いて、そのまま報道するメディアもお粗末で、これでは日本の安全保障の将来が危ぶまれる。

 北朝鮮の「完全な非核化」がもし達成されるなら、国力、通常戦力で優位な韓国は自力で国を守れるだろう。だが現実的に考えれば、完全な非核化の検証は困難だ。

 たとえば北朝鮮が保有する核弾頭数の推定には「約12発」から「60発以上」まで大きい幅があり、仮に北が12発を提出しても、「他に隠しているはず」との論が出て紛議が生じるのはまず必至だ。

 「完全な検証」のためには、弾薬庫や地下のミサイル陣地など全ての軍の施設や工場、研究所などを徹底的に抜き打ちで査察する必要がある。湾岸戦争で敗れたイラクはそうした査察を受け入れざるをえなかったが、北朝鮮軍がそれを認めることは考え難い。

 韓国軍が通常戦力でいかに強力であっても、北の核の脅威が残る以上、米韓の同盟関係が解消する可能性は低いだろう。

■田岡 俊次(軍事評論家、元朝日新聞編集委員)
1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。82年新聞協会賞受賞。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。

最終更新:7/9(月) 14:30
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