ここから本文です

【木内前日銀政策委員の経済コラム(19)】 あとで読む

7/10(火) 16:01配信

ニュースソクラ

2%の物価目標を見直す「総括的検証2.0」を

 物価上昇率の低迷が続いている。5月全国消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年比+0.7%と4月から横ばい、変動の激しい食料品・エネルギーを除いた指数では前年比+0.3%と、4月の+0.4%から低下した。物価上昇率は、日本銀行が目標とする2%までに相当の距離があるだけでなく、近づいていく動きすらみられない。

 日本経済が長期回復を続けるなかでも、期待したように物価上昇率が高まらない要因について黒田総裁は、「従来から金融政策決定会合の場でも議論し、スタッフも様々な分析を行っています。7月の展望レポートに向けて更に議論を深めていく必要があると考えています」と、6月の政策決定会合後の記者会見で説明している。また、6月26日に公表された6月会合の「主な意見」でも政策委員から、物価の上昇が弱く想定した勢いを欠いている背景を詳しく分析する必要がある、と訴える声が目立った。

 日本銀行は、物価が上がらない原因の一つを、ネットショッピングの拡大に求めているようだ。これはいわばアマゾン・エフェクト(効果)だ。米インターネット通販サイトのアマゾン・ドット・コムの急成長に代表されるように、消費者が実店舗よりもネットで物を買うようになってきたことから、百貨店やショッピングモールが閉鎖に追い込まれ、あるいは価格が安いネットショッピングと競合するために、小売店が価格引き下げを強いられる状況などが、アマゾン・エフェクト(効果)と呼ばれている。

 MIT(マサチューセッツ工科大学)のカバロ准教授は、オンラインの小売価格と実店舗(オフライン)の小売価格の差を各国で調査し、その結果を論文で昨年発表した。分析対象は10ヵ国、56の小売業者で、日本ではビックカメラ、ケーズデンキ、ローソン、ヤマダ電機の4社が対象となっている。

 この調査結果によると日本では、オンライン小売価格は実店舗小売価格よりも平均で13%低くなっているが、これは10ヵ国平均の4%を大きく上回っている。その分、ネット販売の普及率が高まるなかで、実店舗での小売価格が押し下げられる形で2つの小売価格の差は縮まっていく余地は大きい。

▼経済の実力に見合わない高過ぎる物価目標

 この研究結果も踏まえて、日本銀行は、日本でのネットショッピングの拡大が物価に与える影響を試算した(「インターネット通販の拡大が物価に与える影響」、日銀レビュー、2018年6月)。それによると、2017年のネットショッピングの拡大は、消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)上昇率を0.1%~0.2%程度押し下げたという。日本でもアマゾン・エフェクト(効果)は表れてきている。

 ただし日本銀行も、物価下振れ現象をこのアマゾン・エフェクト(効果)だけで説明しようとしている訳ではないだろう。物価に影響を与える要因は実際には様々であるが、従来はその中で、人手不足など需給要因が重視され過ぎてきた。これは需給と物価・賃金との関係に注目するフィリップス曲線信仰の行過ぎ、とも言えるだろう。

 筆者が最も注目している要因は、生産性上昇率、潜在成長率といった経済の潜在力が低下していることだ。それによって企業の中長期成長期待が低下したことが、賃金の抑制を通じて物価が上がりにくい環境を作っている。金融政策ではこの経済の潜在力を高めることができない点を踏まえると、2%という経済の実力に見合っていない高過ぎる物価目標は、金策政策で達成することはできない。

 総裁は記者会見で否定していたが、2%の物価目標の妥当性を再度検討する、「総括的検証2.0」を早急に実施すべきだ。それを踏まえて、2%の物価目標を中長期の目標にするなど柔軟化すれば、本格的な金融政策正常化への道も開けてくるだろう。

木内氏の近著
1)『金融政策の全論点: 日銀審議委員5年間の記録』(東洋経済新報社、2月16日出版)。
2)日銀の金融政策についての見解をまとめた『異次元緩和の真実』(日本経済新聞出版社、2017年11月17日出版。

■木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。

最終更新:7/10(火) 16:01
ニュースソクラ