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「テロリストになるのを未然に阻止」ソマリアのギャング更生に賭ける26歳日本人

7/12(木) 16:41配信

AbemaTIMES

 「比類なき人類の悲劇にさらされている」、そう言われている国がある。東アフリカに位置するソマリアだ。1980年代以降、今も内戦が続いている。91年からは12年間も無政府状態が続き、内戦状態に追い打ちをかけるように飢饉が襲った。さらに混乱に乗じてイスラム過激組織「アル・シャバーブ」が勢力を拡大。国民は隣国に逃げ込むしかなかった。

 日本から1万kmも離れた危険な地で活動する若き日本人がいる。永井陽右さん(26)だ。活動拠点はソマリアの首都モガディシュ、ケニアとの国境の町マンデラ、そしてケニアの首都ナイロビだ。
 
 このうち、ナイロビにあるイスリー地区には、ソマリアから逃れてきた人がおよそ10万人も住んでいると言われている。ケニアでは、そんなソマリア人に対する暴力や差別が日常化、若者たちは自分たちの身を守るためギャングになる流れが生まれていったという。

 地区には「カリフ・マッシブ(構成員数約50人)」のほかに「スーパーパワー(約100人)」「シタキ・クジュア(約70人)」という3つのギャングチームが存在していた。カリブ・マッシブのリーダーは通称“レッドアイ“と呼ばれていた。マリファナの吸いすぎで、目が真っ赤に充血していたことに由来するという。

 「イスリー地区は特に治安の悪い地域。殺人、強盗、ドラッグ関係の犯罪も多い。ギャングはテロ組織と同じで、どこまでを組織の構成員とみなすのか、非常に難しい。組織のベースも多種多様で、シタキ・クジュアはグループだと宗教。スーパーパワーはカネ儲けしか考えていない」。

 祖国を失い、社会からも見放され、募る怒りや不満。そこにつけ入ろうとしたのが、イスラム過激派組織だった。「生活が良くなる」などと甘い言葉でギャングたちを勧誘、テロリスト予備軍に仕立て上げていった。

■対話を通じ、“ギャング“を“ヤングリーダー“に

 早稲田大学在学中に国際協力に興味を持ち、ソマリアの現状を知った永井さん。現地へ渡りギャングたちと接触。過激派組織にリクルートされる前の段階で更正させるための社会復帰プログラムを作成、政府や国連とも連携。ギャングを受け入れる体制を整えていった。

 「ソマリアに対して誰かが何かをやっているのかというと、“危険すぎるから今はできないから“と、どこもやっていなかった。それなら自分でやってやろうと思って」。

 永井さんの武器となったのは、彼らと同じ若者だったということ。「先進諸国ではよく“若者がこれからの社会を変えていくんだ。ユースリーダー立ち上がれ!“と言われている。しかしギャングたちは潜在的犯罪者であり、不法難民。“駆除“の対象になってしまっている。そんな中で、僕たちが初めて彼らに“ユース“として話しかけた」。日本人であるということもプラスに働いた。「ドラゴンボールの話は通じるし、日本車、ゲームも人気で、日本に憧れを持っている人もいる」。

 2013年にスタートしたプロジェクト。相次ぐテロや暴力、犯罪行為、さらにプロジェクトを脱退し過激派に入る若者も現れるなど、活動は順風満帆とはいかなかったが、根気よく対話を続けた。

 ワークショップでは自分たちの住む地域にどんな問題があり、どこに原因があるのかを洗い出す。「いかにして共通項をつくるかが大事なポイント。問題を解決するのに国連や政府が何もやっていないというのがギャングたちの考え。まずはその考えに乗って、一緒に国連と政府を批判する。そして、“じゃあ誰が変えていくんだ“というふうに議論に乗せていく」。

 ギャングたちは、自らの存在が警察との衝突を招いていること、身分証明がないことなどを挙げる。こうした機会を通じて彼らは心を開き、過激派組織によるリクルートの存在、自身が変わらなければいけないということに気づいていく。

 「国際的にシリアと南スーダンが重視される一方で、ソマリアやイエメンのような大国の利権、国連のプレゼンスが関係していないところは見過ごされがち。また、子ども、女性に対する支援はクローズアップされやすいが、紛争当事者であるギャングやテロリストだった人たちに対するアプローチは欠落しがちだ。しかし、現代の紛争を解決するためには彼らへのアプローチが必須」。

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最終更新:7/12(木) 16:41
AbemaTIMES

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