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西日本豪雨 「早く助けて」最後の電話 濁流のまれた祖父母、家族ら悲痛…今も涙があふれる

7/13(金) 7:55配信

産経新聞

 各地に甚大な被害をもたらした西日本豪雨は、気象庁が最初の大雨特別警報を出してから13日で1週間。犠牲者は200人に上り、最愛の人を突然奪われた家族らに悲しみが広がっている。

【写真】 自宅が濁流にのまれ、亡くなった西原俊信さん、明子さん夫妻 (遺族提供)

 広い範囲で浸水被害が出た岡山県倉敷市真備(まび)町辻田では、西原俊信さん(86)と妻の明子さん(84)が自宅で死亡しているのが見つかった。逃げ遅れて濁流にのまれたとみられる。8日朝。西原さん夫婦の孫、征輝(まさき)さん(25)は自衛隊のボートで祖父母宅へ向かった。水は引き始めていたが、何度となく足を運んだ祖父母宅の周辺の景色は変わり果てていた。

 家に入り、言葉を失った。壁に掛かる時計の針は止まり、俊信さんが趣味で作っていた木彫りの皿や小物入れが泥水まみれの状態で散乱。茶道教室を開いていた明子さんの茶室は畳がめくれ上がり、土壁が無残にも崩れ落ちていた。2人が見つかったのは、1階の台所。食卓の近くで泥水の中に倒れていた。目と足が不自由だった俊信さんを連れて逃げようとしたのか、明子さんが俊信さんを抱きかかえるような格好だったという。

 身元確認を求められ、2人の顔を見た。間違いなかった。「逃げ切れなかったのか…」。思い出すと、今も涙があふれる。優しいおじいちゃん、おばあちゃんだった。手先が器用で、定年退職後は木彫り作品を作るのが楽しみだった俊信さん。今年4月、近くの寺に一緒に出かけたのが、共に過ごした最後の時間となった。明子さんは、遊びに行くといつもおいしいお茶をふるまってくれた。

 「たくさんかわいがってもらった。もっとドライブとかに連れて行ってあげたかったし、できれば亡くなる前に結婚して、ひ孫を見せてあげたかった」。台所にそっと手を合わせた。約40キロ離れた同県久米南町に住む長男の英信さん(58)は、刻一刻と激しくなる雨の中、「そっちの家は大丈夫か」と電話で気遣ってくれた父の声が忘れられない。

 最後の電話は7日午後。「早く助けに来て。水が机の上にまで来ている」と、助けを求める声だった。だが英信さんも、約30キロ離れた同県玉野市在住の次男の幹夫さん(54)も、豪雨に阻まれて助けに行くことができなかった。厳しくも愛情深い両親だったという。英信さんは「仲のいい両親で、大切に育ててもらった。最後まで幸せな人生だったと思う」。幹夫さんは「父に叱られていると、母が『もういいじゃない』と優しく止めてくれた」と振り返った。

 10日に葬儀を終えた。家族は2人の思い出の品々と向き合いながら、片付けを進め始めている。征輝さんは「こんな形で最期を迎えるなんて本当に悔しい」と声を震わせ、亡き祖父母にこう呼び掛けた。「最後は苦しかっただろうけれど、天国で見守っていてください」(神田啓晴)

最終更新:7/13(金) 11:21
産経新聞