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【京都】京都共栄 選球&トリック走塁“神前マジック”再び!豪雨被害の福知山に元気を

7/13(金) 16:13配信

スポニチアネックス

 ◇第100回全国高校野球選手権記念京都大会1回戦 京都共栄6―3同志社国際(2018年7月13日 あやべ)

 試合後、勝った京都共栄の選手たちを迎える保護者のなかで「今日は監督に勝たせてもらった」という話が出ていた。安打数は5本で相手の同志社国際は倍の10本。しかし得点は反対にダブルスコアの6―3だった。

 ベテラン、神前(かみまえ)俊彦監督(62)の「マジック」である。

 一つは選手起用にあった。1回表、2死二、三塁から右越えに先制の2点三塁打を放った大槻直人(2年)は当初、大会登録メンバーから外れていた。今月1日の最後の練習試合(三田学園戦)で2打席連続本塁打を放ち、4日の最終登録で背番号16をもらい、ベンチ入りを果たした。この日は相手投手が左腕ということで5番に抜てきしていた。

 大槻は「技術はないので気合で負けないように」と打席で「よっしゃ、来いやー!」と大声をあげ、立ち向かった。「監督さんから“左投手の変化球は右中間にバットを放り投げるように振れ”と指示を受け、その通りに振ったら飛んでいった。右方向は普通、ライト前が精いっぱいなんですが……」。神前監督の指示が効いて、右翼頭上を抜いた。

 大槻は守備でも6回裏1死一、二塁で浴びた左前打で本塁突入の走者を刺し、失点を防いだ。攻守で抜てきに応えた。

 相手先発の小倉悠史(3年)攻略も指示が生きた。小倉は昨年夏、準々決勝で優勝した京都成章相手に延長10回まで好投を続けた左腕。今春も8強進出の立役者だった。

 「スライダーなど腰から下の変化球はみんなボールになる。振らないように」と指示。この日朝7時半から母校グラウンドでピッチングマシンの球を「見る練習」を積んで、本番に臨んだ。

 低めを見極める、この選球で得た四球で好機をつかんだ。3回で80球、5回で100球を投げさせ「野球は消耗戦ですから」と5回途中でKO降板に追い込んだ。

 また、4回表の2点は2死無走者から無安打であげたものだ。1番の吉田凱智(3年)が四球で出塁。足を警戒する小倉の暴投とけん制悪送球で生還を果たした。

 さらに2死一、三塁では一塁走者がディレードぎみにスタートし、二塁手前でストップ。捕手の二塁送球の間に三塁走者が還る“重盗”であげたものだ。

 神前監督は1982(昭和57)年夏、母校の大阪府立春日丘を率い、甲子園出場を果たしている。大阪大会準々決勝で同年春の選抜優勝のPL学園を破ったのもトリック走塁だった。2死二、三塁から二塁走者が飛び出したふりをして投手からの送球を誘い、その間に三塁走者が還って決勝点をもぎ取った。

 今回も主将の松尾樹(3年)が「よく練習してきたプレー。伝家の宝刀です」という走塁で奪ったのだ。「僕は神前監督のことを知らずに入学しましたが、この人についていこうと思いました。技術面や練習方法で、下手くそな自分たちがうまくなってきた」

 京都共栄のある福知山市も先ごろの豪雨で相当な被害を受けた。学校グラウンドは水浸しで、右翼後方の裏山も土砂崩れが起きた。また多くの生徒が通学で使用するJRが今も不通で、学校は4日午後から11日まで休校だった。前日12日、ようやく代行のバスが通じ、学校再開。自主練習を続けていた野球部も全員がそろったのは12日だった。この日は延期になっていた試験中で、応援団やブラスバンド、一般生徒の応援はなかった。

 松尾は「この困難を力にしたい」と話した。「大変は大変だけど、こんな時ほど部員の士気は高まったように思う。より一丸となって勝っていき、福知山を明るくしたい」

 完投勝利をあげた本城楓己(2年)は電車ではなく、自転車で片道50分かけて通っている。「大雨の中を通っていました。今日はよく粘れた」。今春の4回戦、3点リードを守れず逆転負けした苦い経験を生かし「最後まで焦らずに投げられた」と胸を張った。

 神前監督は「あ~、しんどかった」と笑い、会心の笑顔を浮かべた。 (内田 雅也)

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