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<インタビュー>人生を広げてくれた女優という仕事 ナタリー・バイ

7/14(土) 13:00配信

毎日新聞

 「フランス映画祭2018」が横浜で6月21日から24日まで開催された。フランス映画界で活躍する監督や俳優が来日する中、映画祭の“顔”とも言うべき団長に任命されたのは、ナタリー・バイ(70)。1972年にデビュー後、フランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダールから、近年では「天才」とナタリーが評するグザビエ・ドランまで、さまざまな監督の作品に出演してきた。そんなフランスを代表する大女優でありながら「ボンジュール」と笑顔で迎えてくれたナタリーは、気さくでチャーミング、ユーモアと気遣いにあふれる美しい女性だった。【西田佐保子】

 ◇フランス映画の多彩さを味わえる映画祭

 今年で16回を数えるフランス映画祭では、ナタリーが出演する「モカ色の車(原題:Moka)」と短編「トマ(原題:Thomas)」を含む15作品が上映された。今回の映画祭のラインアップについて、「コメディー、ホラー、アニメなどさまざまなジャンルの映画があって、子供向けや大衆向け、ベテラン監督の作品から初監督作品までそろっている。フランス映画の特徴である“多彩さ”を感じられます」とナタリー。このうち、アニエス・ベルダ、アンヌ・フォンティーヌなど、女性監督が手掛けたのは5作品。「フランスでは、トニー・マーシャル、ディアーヌ・キュリス、ニコル・ガルシアなど、活躍する女性監督は多いですよ」

 今年、フランスで開催された「第71回カンヌ国際映画祭」では、過去にコンペティション部門の作品に選出された女性監督82人(男性監督は1688人)にちなみ、コンペティション部門審査員長のケイト・ブランシェットと、アニエス・ベルダらを含む女性の映画人82人が、映画業界における性差別に対する抗議行動“カンヌ版ウィメンズ・マーチ”を行った。「(ハリウッドの大物プロデューサー)ハーベイ・ワインスタインのセクハラ事件に端を発したのでしょう」と前置きし、「他国の状況は分かりませんが、フランスの女性監督は高い地位を与えられていると思います」と語った。

 フランスでは女性議員の比率を高めるため「候補者男女同数法」(パリテ法)が2000年に成立し、各政党の候補者数を男女ほぼ同数とすることが義務づけられている。「政治の世界でも、『男性10人に対して女性10人で平等に』という流れがありますが、男性を敵に回すのはいい考えではないし、“男性対女性”で闘うのではなく、才能のある人が役割を担うべきではないでしょうか」

 ◇監督が望むか望まないかで女優の人生が決まる

 ナタリーの娘、ローラ・スメットは女優として活躍しているが、過去にフランス映画祭の団長を務めた2人の大女優、カトリーヌ・ドヌーブの娘(キアラ・マストロヤンニ)と、イザベル・ユペールの娘(ロリータ・シャマー)も共に女優だ。「犬は猫を産まない」と言うと笑い、「フランスのことわざよ。自分の周りを見ても、医者の息子は医者、ジャーナリストの息子はジャーナリストというパターンが多いわね。親が好きな仕事に没頭する姿を見て、子供も関心を持つのではないでしょうか。ローラは小さい頃から映画の撮影現場に来て、裏でバタバタしていました。ドヌーブやユペールの娘もそうだったんじゃないかしら。ただ、親が有名であるほど、常に比較されるからきついと思います」

 フランスで活躍する女優は、ノエミ・ルボォブスキ、バァレリア・ブルーニ・テデスキ、ミア・ハンセン・ラブなど、後に監督となる人も多い。「理由はいくつかあると思うけれど、女優は監督に望まれるまで待つ。常に待機状態にあります。相手が望むか望まないかで人生が変わる。待つ仕事が嫌になって、自分が映画を作りたくなるのは考えられるわね」

 ローラも、ナタリーが主演を務めた短編「トマ」で監督デビューした。「ローラの場合は、何よりも映画が好きで、あれだけ映画を見ていれば監督になりたくなるような気持ちも分かります」。出演するきっかけを聞くと、「『シナリオ書いたから読んでくれる?』とメールを送ってきて、『もし気に入ってくれたら母親の役をやってもらいたい』と言われたわ」。以前、出演作品を決める際、重視するのは「まずシナリオ、次に監督、最後に仕事の中身」とインタビューで答えていたナタリーだが、「シナリオが気に入らなければ断ろうと思っていました。無理やり引き受けても喜ばないから。でも読んだら面白かったの」。

 「撮影現場に行ったら、しっかり準備して、自分がやりたいことをちゃんと把握していて、安心しました」と母の顔をのぞかせつつ、「あまりに安心しちゃって、3日目にスーパーで撮影があったとき、ついでに旅行用の湯沸かし器を買っちゃったわ」(笑い)。

 ◇2人の“グザビエ”は真のアーティスト

 国籍や年齢にこだわらず、才能のある監督の作品に出演しているが、00年代以降、“2人のグザビエ”、フランスのグザビエ・ボーボワ監督と、カナダのグザビエ・ドラン監督との出会いは、ナタリーのキャリアにとって重要なものだったのではないか。「そうですね。ボーボワは3本、ドランは2本、出演しました。「わたしはロランス」(13年)に出演したときドランは23歳、「たかが世界の終わり」(17年)のときは26歳でしたね。二人とも映画バカ。それぞれ個性は違うけれど、真のアーティスト。俳優でもあるしね。お互いに才能を認め合っているのよ」。そう言うと、「そうだ、写真があったわ!」と携帯電話を取りだし、17年の仏セザール賞の授賞式で撮影したという2人のグザビエに挟まれた写真を探して見せてくれた。

 「24歳でスクリーンデビューして、46年ですが……」と切り出すと、おどけて空を仰ぐ表情を見せたナタリーに、聞いた。「あなたにとって、女優であることとは?」

 「私は好奇心が旺盛だし、生きることが好き。女優をやっていたから、いくつもの人生を体験できたし、視野も人生も広がった。仕事での出会い、役との出合い、新たな人物像との出合い、そして日本に来て皆さんとも出会える。普通ならばあり得ないさまざまな出会いがあって、本当にマジック。コンスタントにオファーも来るし、自分で選んだ映画にも出演できて、とてもラッキーだと思います」

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 ナタリー・バイ 1948年7月6日、フランス生まれ。主な出演映画に、「映画に愛をこめて アメリカの夜」(73年)、「緑色の部屋」(78年)、「ゴダールの探偵」(85年)、「悪の華」(03年)、「わたしはロランス」(13年)がある。「勝手に逃げろ/人生」(79年)と「Une etrange affaire(日本未公開)」(81年)でセザール賞の助演女優賞、「愛しきは、女/ラ・バランス」(82年)、「Le Petit lieutenant(日本未公開)」(05年)ではセザール賞の主演女優賞、「ポルノグラフィックな関係」(99年)でベネチア国際映画祭女優賞を受賞。娘は女優で監督のローラ・スメット。

最終更新:7/14(土) 14:46
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