ここから本文です

「王貞治が苦手にした男」古豪復活担う 春は県Vの実力

7/14(土) 12:22配信

朝日新聞デジタル

 「王が苦手にした男」が今夏、球児とともに古豪復活に挑む。1970年代にヤクルトの投手として活躍した安田猛さん(71)が、母校の県立小倉高校(北九州市)を指導している。がんを宣告され、一度は死も覚悟しながら、北福岡大会屈指の右腕と100回記念の大会に臨んでいる。

【写真】エースの河浦圭佑君(左)にアドバイスする安田猛さん。選手たちからの信頼は厚い=北九州市小倉北区

 10日にあった小倉の初戦。制球が定まらないエースの河浦圭佑君(3年)は四球を与えると、客席の安田さんを見た。渋い表情だった。「フォームが悪い。足が暴れているぞ」。そう言っていると思った。ひと呼吸おき、インコースの速球で詰まらせた。安田さんは優しくうなずいてくれた。「表情を見ると、何をしなきゃいけないかが分かる」と河浦君は言う。

 安田さんは福岡県築上町出身。65年の選抜大会に投手として出場した。早稲田大、大昭和製紙を経て72年にヤクルトへ。プロ入り後、2年連続で防御率1位に輝き、新人王も獲得した。横手投げの左腕で球速は130キロ台。身長は170センチほどと大きくはなかったが、多彩な変化球と制球力の良さでならした。

 通算成績は93勝80敗17セーブ。全盛期の長嶋茂雄さんや王貞治さんと好勝負を繰り広げた。王さんが世界記録の756号をかけた場面で7回対戦。すべて真っ向勝負で無安打に抑えた。

 81年に引退した後は、ヤクルトでコーチやスカウトを務めた。昨年1月、小倉OB会の要請でコーチに就任。わずか2カ月後、がんの一種「腹膜播種(はしゅ)」が見つかった。余命1年と宣告されて辞任したものの、抗がん剤治療が奏功し、昨夏の大会後にコーチに戻った。

 指導で強調したのは内角高めの速球。「遠くを飛ぶ飛行機は怖くないけど、すぐ近くを通過する新幹線は怖いでしょ」。低めで落ちる変化球との使い分けで、緩急をつけるよう説いた。

 約145キロの速球が自慢の河浦君には、低めのチェンジアップや、切れ味鋭いシュートを習得させた。入学時にカーブとスライダーの二つだった変化球は六つほどに。大事なところでゲッツーや三振をとれるようになった。技巧派の控え投手も、内角高めの直球を身につけた。

 小倉は春の県大会で優勝。その直後の4月、2年生が1年生に威圧的な指導をしたとして1カ月の対外試合禁止処分を受けた。安田さんは「違反にはペナルティーがあると、いい勉強になった。反省することで団結が増した気がする」と話す。

 県内有数の進学校でもある小倉。週1の休養日を提案したり、4色ペンとノートを与え練習内容や体調を記録させたりもする。「昔みたいに厳しいだけじゃだめ。野球に興味を持ってもらい、考えさせないと」

 選手権大会を2回制覇し、古豪と言われるが、56年を最後に夏の甲子園から遠ざかる母校のため、病身にむち打つ安田さん。現在も治療のため、3週間おきに北九州と東京を行き来する。その姿に河浦君は「がんと聞いたときはショックだったけど、グラウンドで安田さんの笑顔を見るたびに使命感が強くなる。必ず、甲子園に連れて行きます」。(狩野浩平)

朝日新聞社

Yahoo!ニュースからのお知らせ