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秋月悌次郎の功績次代へ 若松の生誕地に説明板

7/14(土) 11:50配信

福島民報

 幕末の会津藩士秋月悌次郎(一八二四〈文政七〉~一九〇〇〈明治三十三〉年)の子孫が十三日、福島県会津若松市湯川町の悌次郎生誕地に、悌次郎の業績を示す説明板を設置した。 
 設置したのは悌次郎の弟のひ孫孝真さん(故人)の妻秋月倫子さん(77)=仙台市=。倫子さんと、孝真さんの妹中村紘子さん(75)=東京都国分寺市=、秋月悌次郎顕彰会員が現地で披露した。 
 観光客が立ち寄るため、悌次郎の歩みを後世に伝えようと設けた。倫子さんは「努力を重ねた姿を知ってほしい」と話した。説明板の隣には昨年十一月に設置した生誕の地を示す石柱もある。 
 悌次郎は勉学で頭角を現し、藩主松平容保公が京都守護職となった際は薩摩との関係づくりに尽力した。会津戦争終盤は使者を務め鶴ケ城開城を導いた。明治期は漢学の復興と教育に努めた。 

福島民報社

最終更新:7/14(土) 12:01
福島民報