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白血病と闘って4年 「母への手紙」、湖南の李真さん亡くなる

7/14(土) 14:15配信

CNS(China News Service)

【CNS】「お母さん、ごめんなさい。私は病気になりました。白血病です。努力すれば幸せになれると思いました。大学を受験し、大学院生になれば、お母さんがもっと幸せになれると思いました。しかし、私の努力は、家族に苦難と絶望をもたらしてしまいました」

 去年、中国・湖南省(Hunan)に住む白血病患者の李真(Li Zhen)さんが母親に向けて書いた手紙が、数多くの人々を涙で包み込んだ。前向きでいて楽観的な性格や、母親の強靭(きょうじん)さと偉大さ、家族の熱心な看病は感動をもたらした。しかし、手紙の作者は病魔に勝てなかった。

 李さんは7日、河北燕達医院で亡くなった。遺体は9日に北京市で荼毘(だび)に付された。

 母親に宛てた手紙「お母さん、ごめんなさい。私は病気になりました」が昨年9月、テレビで紹介され、多くの視聴者の心を打った。

 李さんは当時、まだ28歳。白血病を患って3年目に入っていた。

 湖南省・益陽市(Yiyang)の湖南城市学院(Hunan City University)地理情報システム学部を2014年に卒業した李さんは、華南農業大学(South China Agricultural University)資源環境学院の大学院試験に合格した。入学通知書を受け取って三日目、突然の高熱や背中の痛み、目の出血が起きた。その後、白血病と診断された。

 ■7歳のめい「おやつを食べないからお金を治療に使って」

 李さんにとって、家族が最大の頼りとなった。

「兄は、ちゅうちょすることなくすべての蓄えを投じ、私のために借金を負ってまでして骨髄移植をしてくれた。2番目の兄の妻は、ショックで私の声を聞くことができなかった。7歳のめいは、泣きながら『もうおやつを食べないからお金を治療のために使って』と懇願した」

 15年に骨髄移植を受けた李さんは退院した。同じ年の9月から、華南農業大学で勉強を始めた。

 しかし、病魔は李さんに自由を許すことはなかった。16年9月、肺への感染と拒絶反応で、学生生活を中断せざるをえなくなり、再度入院。母親が李さんに付き添って看病をした。

 17年3月になると、危篤状態を繰り返し、李さんは母親と家族に感謝の手紙を出した。この手紙がその後、「母への手紙」と呼ばれるようになった。

 去年9月に放映されたテレビ番組の中で、俳優の黄志忠(Huang Zhizhong)さんが李さんの手紙を朗読した。黄さんは朗読をしながら幾度となくおえつを漏らし、朗読が終わるころには涙でいっぱいになっていた。

 李さんは今年2月、母親に再び手紙を書いた。

「お母さん、また謝らなくてはいけません。私は努力もしたし、自分を見捨てませんでした。だけど、私は本当に役立たずです。病状がますます重くなり、治る見込みがなくなってきました。たくさんの人が心配してくれたのに、私はもう無理みたいです」

 手紙の中で、李さんは家族やガールフレンド、教師や友人に多くの言葉を書き残していた。

 6日、李さんの熱が収まり、家族は李さんの病状が好転したかと思われたが、翌7日の晩、帰らぬ人となってしまった。(c)CNS/JCM/AFPBB News

※この記事は、CNS(China News Service)のニュースをJCMが日本語訳したものです。CNSは1952年に設立された中華人民共和国の国営通信社です。