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【コラム】想像を絶する激痛の連続。それでも僕が、ハイリスクな治療法を選んだワケ

7/17(火) 12:00配信

新R25

29歳で白血病に侵されながら、生きつづけるという強い希望を胸にセカンドオピニオンを受けていた蝦名さん。しかし、まわった6件の病院ではともすべて“余命3ヶ月”という宣告を受けてしまいます。

6月からスタートした蝦名聖也さんのコラム。

本日から3日連続でお届けする後半では、想像を絶する過酷な治療を通じて手に入れた「人生を幸せに過ごすための思考法」について書いていただきました。

7回目のセカンドオピニオンで、消えかけていた小さな光が希望に変わった

6つの病院にセカンドオピニオンを受けに行きましたが、結果はすべて「余命3ヶ月」の見解。

わずかな希望を胸に見つけ出した7つ目のセカンドオピニオン先は、関西でした。

原則セカンドオピニオンは平日しか行われないため、もし行くとなれば、東京に住む家族は仕事を丸一日休まなければいけない。父や兄にこれ以上仕事を休んでもらうのは申し訳ないと思っていたのですが、結局は家族総出で関西まで行ってくれることに。

そんな家族の想いが嬉しくて、温かくて、涙が止まりませんでした。

無菌室にいる僕は、当然病院に行くことができません。お金に変えられるものではないかもしれないけれど、“心は一緒に病院へ行っている”という気持ち、そして“前進(GO)”という強い想いを込めて、50万円を母に渡しました。

離れていても心はひとつ。そう思いながら迎えた、2016年11月28日(火)13時。

兄から着信が入りました。これがセカンドオピニオンのラストチャンスだと覚悟を決めていた僕は、期待と不安、緊張、恐怖など様々な思いが入り混じる中で、目を閉じ、深呼吸をしながら「大丈夫、落ち着け!」と自分に言い聞かせて電話を取りました。

先生はしばらくの間、僕が作った自分の白血病に関する資料と血液データを丁寧に見たあと、話しはじめました。

「まだ直接お顔を拝見していないので何とも言えないのですが、私なら50%以上の確率で聖也さんを長期生存させてみせます」

「本当ですか!?」

そう声を震わせながら動揺する両親と兄。

先生の発言は、これまで散々病院を回っては、幾度となく聞かされてきた「余命3ヶ月」という見解と、あまりに乖離していました。

その後先生は、これからの抗がん剤治療や放射線治療、移植手術の内容、起こり得るリスクや後遺症などについて、丁寧に伝えてくれました。ひと通りの説明が終わると、電話越しの僕に向かって、先生は温かい口調で最後にこう伝えてくれました。

「聖也さん。私は100%あなたを治すと言いきることはできません。しかし、私にできないことは、他の医者にもできないと思ってください」

言い換えるならば、“自分より優れた医師はこの世に存在しない”ということです。

現実にも、ブラックジャックは存在した。そんな感動と興奮を覚えながら、声を震わせて「ありがとうございます」とお伝えしました。

これまで小さな光でしかなかったこの思いが、現実の希望に変わった瞬間でした。

電話越しではあったけれど、家族の心が絶望の殻を破ることができた空気を感じたと同時に、家族一丸となって諦めずに進んできて、本当に良かったと思えました。

僕は、何事も諦めずに強い気持ちで前進しつづければ、どんなことであっても必ず光が見えてくると信じています。

学生のときも、俳優のときも、サラリーマンになってからも。そして、たとえ余命を宣告された病気に侵されようとも、その気持ちは変わりませんでした。

人は信じることを諦めない限り、必ず報われる。だって、僕は余命3ヶ月と宣告されても、いまこうして思いをみなさんに伝えることができているのですから。

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最終更新:7/17(火) 12:00
新R25

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