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【ゴジラと憲法】(3) 『知る権利』求める女性議員の姿~憲法の理想描く

7/18(水) 10:34配信

アジアプレス・ネットワーク

日本の戦後史を映画『ゴジラ』で紐解く連載の第3弾。
1954年に公開された『ゴジラ』の第一作。突如島を襲った謎の巨大怪獣に放射能の痕跡を発見した古生物学者・山根恭平博士は、国会の公聴会でそのことを報告するが……。(伊藤宏/新聞うずみ火)

◆女性に参政権 時代映す

公聴会でゴジラについて山根恭平博士の説明が終わった後、与党議員と思われる大山委員(男性。そして周囲は全て男性議員)が「委員長、委員長」と発言を求め、「ただ今の山根博士の報告は誠に重大でありまして、軽々しく公表すべきでないと思います」とした(周囲の議員は拍手)。それに対し、野党議員と思われる小沢委員(女性。周囲は男性議員が混じってはいるものの女性議員中心)は、「何を言うか。重大だからこそ公表すべきだ」と反論する(周囲の議員は「そうだ、そうだ」「その通り」と賛同)。

すると大山委員は「黙れっ」と一喝し、「というのは、あのゴジラなる代物が水爆の実験が生んだ落とし子であるなどという……」と言いかけるが、すかさず小沢委員は「その通り。その通りじゃないかっ」と応酬する。それを睨みつけた大山委員は「そんなことをだ。そんなことを発表したら、ただでさえうるさい国際問題が一体どうなるか……」と続ける。小沢委員は「事実は事実だ」と声を上げる。大山委員がそれに構わず「だからこそ重大問題である。軽率に公表した暁には国民大衆を恐怖に陥れ、ひいて政治、経済、外交まで混乱を引き起こし……」と発言したところで、たまりかねたように小沢委員は立ち上がり、「バカ者。何を言うとるかっ」と叫んだ。

その後は、「バカとは何だ。バカとは」「謝罪しろ」「事実は堂々と発表しろ」と与野党の議員の罵声が飛び交い、公聴会は騒然となる。「ご静粛に願います」という委員長の呼びかけも虚しく、公聴会は大混乱となり、その様子を見た山根博士らは失望したように目を伏せるのであった……。

小沢委員の「バカ者」という発言は、映画『ゴジラ』が公開された前年の「バカヤロー解散」がモチーフになっているとされる。1953年2月の衆議院予算委員会で、吉田茂首相が社会党の西村栄一議員との質疑応答中、「バカヤロー」と発言したことがきっかけとなって衆議院が解散された。この時、吉田首相は小さな声で「バカヤロー」と呟いたのみで、それを偶然マイクが拾ってしまったために騒ぎが大きくなったというのが実態だ。

吉田首相はすぐに発言を取り消したものの、この失言を議会軽視の表れとした社会党は、「議員としての懲罰事犯」に該当するとして懲罰委員会に付託するための動議を提出するまでになった。度重なる暴言や失言を繰り返しながら、場合によっては発言を取り消すことすらしない安倍首相が、何ら咎めも受けず政権を運営し続けている現在からは考えられないことだ。

『ゴジラ』における公聴会のシーンで、事実の公表を控えるべきだとする主張に敢然と反論するのが女性議員であったことは非常に興味深い。周知のように、戦前の日本では女性に参政権は認められていなかった。戦後間もない45年9月、沖縄本島の収容所で行われた市議選が、初めて女性に参政権が認められた選挙であった。そして同年10月、婦人参政権に関する閣議決定がなされた。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)のマッカーサーによる五大改革の指令に「参政権賦与による日本婦人の解放」が盛られていたからだ。

さらに、同年12月の改正衆議院議員選挙法公布により、女性の国政参加が認められる。そして、46年4月の戦後初の衆議院選挙の結果、日本初の女性議員39名が誕生したのであった。

47年5月に施行された日本国憲法でも、第14条で「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と両性の本質的平等がうたわれている。だが、47年4月に行われた衆院選では、女性議員は19名に激減し、その後は10名前後で推移して2005年9月の衆院選まで39名を超えることはなかった。

それでも『ゴジラ』が公開された当時、衆議院には9名、参議院には15名の女性議員がいた。映画の中で、小沢委員の言葉使いが「男性的」であることは気になるが、有権者の目線に立って情報公開を求める発言を女性議員がしている意味は大きい。相反する意見を、男性と対等に言い合うこの場面には、憲法が求める社会のあり方がにじみ出ていたと言えるだろう。

しかし、その後の日本社会は、残念ながら男尊女卑の風潮がぬぐえないまま今日に至っている。雇用の面で言えば、男女雇用機会均等法が制定されたのは1985年になってからだ。

それどころか、社会のいたる所で女性差別が多発している。安倍政権は「すべての女性が輝く社会づくり」をうたっているが、その政権内部の政治家や官僚によるセクハラや、女性蔑視の発言が相次いでいる。最近では、自民党の萩生田光一幹事長代行の「赤ちゃんはママがいいに決まっている」発言、あるいは新潟知事選挙における花角英世候補の応援弁士による「新潟県に女性の知事はいらない」発言は記憶に新しいだろう。

もちろん「差別」は女性差別だけではなく、「政治的、経済的又は社会的関係」における様々な差別が、今の日本ではまかり通っている。憲法の施行から71年が経った今もなお、第14条は守られていない。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めた第24条も、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めた第25条も、だ。(新聞うずみ火編集委員 和歌山信愛女子短期大学教授 伊藤宏)