ここから本文です

旅客機と戦闘機などが同じ滑走路「共用空港」のナゼ 茨城空港に見るその経緯や特徴

7/21(土) 7:20配信

乗りものニュース

ひと口に「空港」といってもいろいろある

 民間機が離着陸する空港には、自衛隊機や在日アメリカ軍の軍用機と滑走路を共用して利用するものがあります。これらの空港は、なぜ共用するようになったのでしょうか。

【写真】那覇空港のありふれた光景、空自機を待つ民間機

 日本の空港は管理者と規模によって航空法で分類されており、民間企業が管理する「会社管理空港」、国土交通省が管理する「国管理空港」、地方自治体が管理する「地方管理空港」、いずれにも該当しない「その他空港」、自衛隊や在日アメリカ軍と共用する「共用空港」に分かれています(ほか、ヘリポートや非公共用飛行場があります)。

「共用空港」は航空自衛隊とアメリカ空軍が共用する三沢空港や、海上自衛隊と共用する徳島空港をはじめ、丘珠空港、千歳飛行場、茨城空港、小松空港、米子空港、岩国空港の8つが空港法で定められています。那覇空港や名古屋空港も自衛隊と共用していますが、那覇空港は「国管理空港」、名古屋空港は愛知県の県営で「その他空港」と分類されています。

 共用空港の多くは、元々は旧日本軍の基地として作られた施設が多く、三沢空港や徳島空港は海軍航空隊の飛行場としてそれぞれ建設されました。敗戦により戦後はアメリカ軍に接収されましたが、その後は自衛隊の基地として使用されることになります。そして空港のある自治体からの要請などにより、民間との共用空港に指定がなされ航空会社の路線が開設されてきました。

航空自衛隊と民間共用する茨城空港の場合

 2010(平成22)年に航空自衛隊の百里基地と民間共用化された茨城空港ですが、どのようなプロセスで共用化されたのでしょうか。

 茨城空港によりますと、1993(平成5)年に茨城県の旧小川町(現:小美玉市)から地域活性化推進のため百里基地の民間共用化の要望書が県に提出され、計画がスタートします。地元からは地域振興対策として、「人・もの・情報」の交流拠点となるような施設整備を、空港建設と合わせて進めて欲しいとの要望があったといいます。

 そして県は「百里飛行場民間共用化可能性調査」を実施し、1995(平成7)年に「百里飛行場民間共用化構想」を発表します。2000(平成12)年には、旧運輸省において事業着手のための事業費が予算化され、航空整備法施行令改正により共用飛行場として指定されます。2007(平成19)年には新滑走路工事が開始され、計画から17年後の2010(平成22)年3月11日に、茨城空港が開港します。

 共用化に際しては、防衛省と国交省により滑走路維持管理、管制業務、エプロン誘導など効率的な各種運用に向けた役割分担などについて協議され、県側では、空港ターミナル施設、駐車場など周辺環境整備や二次交通などの旅客利便性に対応したということです。また、訓練など基地の本来業務と民航機の運航計画の双方を担保するための調整作業が行われました。

1/2ページ