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朝日新聞はなぜこんなに嫌われるのか――「権力批判はメディアの役割」という幻想の終わり

7/24(火) 12:11配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

権力を批判しないと「許してくれない」読者

健全な民主社会を維持するために、権力を監視し批判するのは大事なことです。しかしその一方で、批判だけしていても社会は良くなりません。朝日新聞の立ち位置が難しいのは、権力を批判しなくては許してくれない読者層を抱えていることでしょう。

経済学者で学習院大学教授の鈴木亘さんは、橋下徹・大阪市長のもとで特別顧問を務め、日本最大のドヤ街を抱える「あいりん地区」の地域再生構想を、住民たちと膝詰めでつくり上げました(『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』)。その後、小池百合子都知事に請われて東京都顧問に就任し、待機児童の削減に取り組んで一定の成果を上げています(『経済学者、待機児童ゼロに挑む』)。

こうした社会改革は、権力の懐に飛び込んで、カリスマ的な首長と直談判できるような立場でなければ実現できません。「橋下と手を組むなんて何ごとだ」「小池とベッタリ」などと批判するだけでは、「あいりん地区」の貧困問題も東京都の待機児童問題も何一つ改善しません。

「リベラル」は権力の内側に入って成果を上げている人たちを毛嫌いしますが、社会問題が解決せず悪化したほうが権力批判には好都合なので、「より良い社会」をつくるために実践的な努力をする人たちの足を引っ張り、バッシングする必要があるわけです。

何でこんなくだらないことでこじれてるの?

こうした党派性は「右」も「左」も同じです。なぜなら読者は党派的な記事を求めており、それが商売になるから。ネットにおける炎上とは、メディアや知識人、言論人が提供する党派的な主張を大量にコピペし、シェアしていくことです。

これは日本だけの現象ではありません。アメリカのトランプ現象やヨーロッパの「極右」台頭を見てもわかるように、世界的に「保守」と「リベラル」の党派(部族)対立が激しさを増しています。

自分が「善=光」の側に属して「悪=闇」を叩くという党派性は分かりやすく、アイデンティティ(社会的な私)を安定させてくれるし、何より気持ちいいのです。ギリシア・ローマの時代からハリウッド映画まで、人々が善悪二元論の陳腐な物語をえんえんと語り続けてきたことからもこれは明らかでしょう。

「何でこんなにくだらないことでこじれてるの?」「たった一つの新聞のことを何でこんなに熱く語れるの?」と不思議に思う人もいるでしょう。しかし「朝日」によってアイデンティティを脅かされていると感じる人にとって、これは自らの実存に関わる重大な問題なのです。

社会が不安定化すればするほど、人々は安心感(アイデンティティの安定)を求めて偏狭で排他的な党派性を求めるようになります。残念なことに、私たちはいまだに部族対立の呪縛から解き放たれてはいないのです。

インターネットやSNSが言論空間を大衆化・民主化したことによって、今やどんな権力批判も党派性に収れんされてしまいます。朝日新聞の役割が権力を批判することであるというのなら、社会に蔓延する憎悪に満ちた執拗な「朝日ぎらい」も、戦後日本に大きな影響力を持ったこのメディアの「運命」ということになるのでしょう。(談)

(取材、構成・川村力)

橘玲(たちばな・あきら):1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。2006年、『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補となる。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部を超えるベストセラー、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』が48万部を超え、新書大賞2017に選ばれる。

橘 玲 [作家]

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最終更新:7/24(火) 16:29
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