ここから本文です

【木内前日銀政策委員の経済コラム(20)】日本の負のスパイラル 金融緩和と財政悪化

7/26(木) 15:50配信

ニュースソクラ

金融緩和政策の正常化を急げ

 日本銀行が金融政策の正常化策を先行き円滑に進めていくことができるかどうか、その鍵の一つは政府の財政政策姿勢だ。

 政府が財政健全化路線をしっかりと堅持している場合には、金融政策正常化が長期金利の急騰を招くリスクは小さくなる。他方で放漫財政のもとではそうしたリスクが高まるため、金融政策の正常化が難しくなると広く考えられている。ところで6月15日に政府が閣議決定した「骨太の方針」を見ると、政府の財政健全化路線は後退してきていると考えざるを得ない。

 今回の骨太の方針では、2019年10月の消費税率引き上げ実施が明記された。これだけ見ると、財政健全化路線は堅持されているようだが、消費税率引き上げは既に過去2回も先送りされてきたのである。

 また消費税率の引き上げを決めたことで、歳出抑制を厳しく進めなくても財政健全化路線は堅持されていると国民にはアピールできるという、一種の甘えも感じられる。

 財政健全化路線が後退していることは、主に2つの点に表れている。第1は、新たな借金に頼らずに税収でどの程度政策経費を賄えるかを示すプライマリーバランス(基礎的財政収支)を2020年度に黒字化する、という従来からの目標を5年先送りし2025年としたことだ。

 2017年度時点でプライマリーバランスは-18.5兆円、GDP比-3.4%程度の巨額な赤字であり、その目標達成は既にかなり難しい状況にあった。

 消費税率引き上げで得られる税収の一部を幼児教育無償化などに充てる方針を昨年政府が固めた時点で、目標達成の先送りは事実上決まっていた。今回5年先送りされた2025年度の黒字化目標の達成も、実際にはかなり難しい。

▼社会保障費抑制の目標が消えた

 第2は、社会保障費の増加を抑制する目標が消えたことだ。今回の骨太の方針では、財政健全化計画で社会保障にどこまで切り込むかが大きな焦点だった。実際には、その数値目標が示されなかったことが、財政健全化路線の後退を強く印象付けた。

 2016年度~2018年度には社会保障費の増加を3年間で1.5兆円程度に抑える目標が設定されていたが、今回はそうした数値目標は示されなかった。一方で、社会保障費については、「安倍政権のこれまでの歳出改革の取組みを継続する」とのあいまいな表現にとどめられたのである。

 終戦時の1945年前後に生まれた日本人は少ないため、公的医療保険の扱いが変わり社会保障費を押し上げることになる75歳を迎える人の数は、2020年、2021年には鈍化する。2019年度~2021年度の75歳以上の人口の増加率は年平均+1.5%と、それ以前の3年間の年平均+3.3%から大きく鈍化する見通しだ。

 つまり2019年度~2021年度には、社会保障費の増加ペースは一時的に鈍るのである。この点を踏まえて経済財政諮問会議では民間議員から、「過去3年間の目安(1.5兆円程度)以下とするべきだ」との意見があがったというが、こうした意見は最終的には政府に採用されなかったのである。

 現政権が財政健全化路線を事実上後退させ財政拡張的な姿勢を強めている背景には、日本銀行による大規模な国債買入れ策、イールドカーブコントロールが継続していることもあるだろう。日本銀行がそうした異例の金融緩和政策を維持することで、財政悪化が長期金利上昇などの問題を生じさせるリスクを低下させていると政府が認識しているとすれば、それは、金融緩和策が政府の財政拡張的な姿勢を助長していることになる。

 冒頭で述べたように、財政健全化路線の後退は日本銀行の正常化策をより難しくする可能性はある。しかしそれに配慮して正常化を遅らせれば、政府の財政拡張的な姿勢を一段と助長することにもなってしまう。

 日本銀行は、財政規律を緩めかねない誤ったメッセージを政府に送り続けることを回避するためにも、現在の異例の金融緩和の正常化策を進めていくべきだ。

■木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
■木内氏の近著
1)『金融政策の全論点: 日銀審議委員5年間の記録』(東洋経済新報社、2月16日出版)。
2)日銀の金融政策についての見解をまとめた『異次元緩和の真実』(日本経済新聞出版社、2017年11月17日出版。

最終更新:7/26(木) 15:50
ニュースソクラ