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「将棋界は創作を超えた!」 人気ライトノベル作家が語る「かつてないブーム」

8/6(月) 15:12配信

産経新聞

 空前の将棋ブームが到来している。八大棋戦のタイトルを8人の棋士で分け合う31年ぶりの“戦国時代”に突入したことに加え、藤井聡太七段(16)ら若手の台頭も著しい。「今の将棋界は創作を超えていると思います」。驚きをもって語るのは人気ライトノベル(ラノベ)「りゅうおうのおしごと!」(GA文庫)の作者、白鳥士郎さん(36)だ。

■「ありえない」はずが…

 同作は16歳の竜王・八一(やいち)と、弟子の小学生、あいの2人を軸にストーリーが展開するラノベ。姉弟子らとのラブコメ要素と棋士が全力で対局に臨む“熱い”描写とのギャップが人気を集め、今年1~3月にはアニメ版も放送された。

 16歳の若手が、日本将棋連盟が最高位とする「竜王」を勝ち取る-。平成27年の同作開始時には、「ありえない」設定のはずだった。だが、現実に目を向ければ、同じ16歳の藤井七段の快進撃が続く。前代未聞の公式戦29連勝、四段から七段への異例のスピード昇段、師匠・杉本昌隆七段(49)への“恩返し”(公式戦で弟子が師匠に勝利すること)…。まさに「ドラマ」の連続だ。

 また、主人公の白熱した対局を表現するため白鳥さんは、「戦後最長手数の402手」による対局を書いた。実在の棋士には「絶対に超えられない設定」であるはずだった。が、今年2月、これを上回る「420手」の対局が実際に行われた(中尾敏之五段と牧野光則五段の対局)。

 「またしても現実に超えられましたが…今はただ人間同士の勝負のすさまじさに圧倒されています…」

 この対局について、白鳥さんは当時、ツイッターでこうつぶやいていた。

■盛り上がりは「予想外」

 将棋には数多くのドラマがある。だが、初心者にはそのすごさが分かりにくい。そのため、白鳥さんは自身のツイッターで、対局の見どころや、背景にあるストーリーを発信。羽生善治竜王(47)や藤井七段の話題など、万単位のリツイートを集める場合もあり、連載開始当初にはなかった「かつてない将棋ブーム」を実感しているという。

 「現在の将棋ブームは、将棋界の変化と、ITの変化がマッチしたからだと思います。AI(人工知能)の発展により、将棋の内容がガラッと変わり、藤井七段ら新しいスターが登場しました。一方で、以前はNHKで見るしかなかった中継が、今ではネットで終局まで見られるようになり、ファンの交流も増えました。正直、ここまでの盛り上がりは予想外です」

 同作は綿密な取材データを駆使して執筆されている。主人公・八一のモデルの一人は、弱冠20歳で竜王を獲得した渡辺明棋王(34)。作中の「名人」は、羽生竜王をモデルにしているという。名人の「永世七冠」「通算タイトル100期」を期待する世間の風潮にあらがい、孤独を抱えながら名人と対決する八一の姿が胸を打つ。

 「将棋は男女が共に戦え、実力があれば若くても大人と戦える。若くして地位を獲得した主人公が、これを保とうともがき苦しむ-という題材は、青少年の葛藤を描くのに適しているな、と。近年のラノベ界の傾向として、『ダークヒーロー』の主人公が受け入れられやすいことも意識しています」

■人生を変えた作品

 ライバルに先を越されたときの悔しさ、憧れの人に勝ったときの喜び、愚直なまでに将棋盤に向かい続ける純粋さ…。人気の理由の一つは、棋士の赤裸々すぎる感情を真っ正面から描く点にある。棋士たちの感情の発露は、白鳥さん自身の歩みと重なる部分もある。

 作家デビューは、大学院生だった20年。学費の調達に加え、家族の介護のため在宅で仕事をする必要があり、当時ブームが巻き起こっていたラノベ界への門をたたいた。

 すぐに人気作家になれたわけではなかった。同作も1巻の売り上げが伸び悩み、一時は5巻で打ち切られる予定だった。書きたいものを書いたのに売れなかったときの恐怖、自分より年下の作家が先に売れたときの複雑な思い…。こうした負の感情を肥やしとして作品に昇華してきた。

 同作は白鳥さんにとって、「作家としてこれで終わりでもいいと考えるくらい、大切な作品」だという。同作の執筆中、将棋を教えてくれ、父親的存在だった祖父が他界。その1年後、一時期ラノベ作家であることを隠していた白鳥さんを支え続けてくれた母を亡くした。

 「作品が軌道に乗り、ちょうどこれから、という時期に母を亡くしたことは本当につらかった。賞を頂き、アニメ化も決まり、望んでいたものは全て手に入れたはずなのに、実際には自分には何もなかった。この葛藤や、空虚な気持ちも全てこの作品に込めました」

 その一方で、同作を評価する声が次第に高まっていった。28年、将棋ペンクラブ大賞優秀賞を受賞。累計発行部数も伸び、100万部を突破した。昨年には、同作の書店キャンペーンがきっかけで出会った女性と結婚。「やはり、人生を変えた作品ですね」。白鳥さんは笑顔で語る。

 ただ、特有の悩みも多いという。

 「今の将棋界では、想像の世界を現実が少し先取りしている。現実をなぞりすぎないようにしないといけないのが悩みですね。今後も取材を重ね、独自性を出していきたいと思います」(文化部 本間英士)

最終更新:8/6(月) 15:12
産経新聞