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熱中症の被害者が出ても、夏の甲子園が絶対になくならない事情

8/7(火) 8:15配信

ITmedia ビジネスオンライン

 夏の甲子園が始まった。

 今年はどんな感動のドラマが生まれのるかワクワクして、仕事にまったく手がつかない。そんな全国ウン千万の甲子園ファンのうれしい悲鳴が聞こえてきそうだが、実はみなさんの盛り上がりに水を差すような意見がネットの一部で盛り上がっているのをご存じだろうか。

『朝日新聞』が報じなかったこと

 全国で多発する熱中症被害を受けて、「涼しい秋の開催にしたほうがいいのでは」「ドーム球場の開催を検討すべき」などと「夏の甲子園」に異論を唱える方たちが続発しているのだ。

 「バカ言うな! 暑いなかでやるから甲子園なんだ」「100年も続く“聖地”をそう簡単に動かせるか」と怒りで発狂する方もいらっしゃるかもしれないが、そこは安心していただきたい。

 いまの日本社会の状況を冷静かつ客観的に振り返れば、「夏の甲子園」がなくなることなどまずありえないからだ。

 いま高野連が盛んに触れ回っている水分・塩分補給などの熱中症対策は文字通り「焼け石に水」なので、今後も熱中症の悲劇は繰り返されるだろう。だが、どんなに犠牲者が出て最悪、死者が出るようなことになったとしても、なんやかんやと理由をつけて「夏の甲子園」の続行はかたい。その理由として、以下の3つがあるのではないかと考えている。

(1)「甲子園ムラ」の強い抵抗

(2)ジャーナリズムの忖度(そんたく)

(3)「運動部しごき自慢おじさん」が組織の要職に就いている

 なんとなく分かるというものから、なんのこっちゃというものまでもあると思うので、(1)から説明していこう。東京五輪は海外メディアから「殺人オリンピック」なんて揶揄(やゆ)されているが、開催時期を変えることができない。莫大な「放映権料」が発生しているからだ。

 この構図は、「夏の甲子園」にもまんまあてはまる。

「甲子園利権」を堅守しようという力学

 主催社の朝日新聞社、生中継するNHKをはじめ多くのメディアにとって「夏の甲子園」は単なる高校生の野球大会ではない。オリンピック同様に「感動のドラマ」でカネを生み出す巨大利権なのだ。ゆえに、そのドラマの価値を下げるような開催時期や舞台設定の変更は断じて認められないのである。

 こういう「甲子園利権」を堅守しようという力学は、プロ野球や高校の側にも見てとれる。これまでのプロ野球のスターたちを見れば一目超然だが、甲子園は球界の「スター誕生」的な機能を長く担ってきた。この舞台で全国的な注目を浴びて、「伝説」をつくった少年は、ドラフトの目玉となり、入団したチームの入場客数やグッズ販売にも大きな影響を与えてきたのだ。

 この“甲子園依存”は、少子化に悩む高校もまったく同じだ。大阪桐蔭のような私立高校にとって、「甲子園出場」や「スター選手の母校」という実績が、入学希望者を増やすブランディングになることは言うまでない。

 このような「甲子園ムラ」ともいうべき既得権益集団からすれば、球児や観客がバタバタ倒れたくらいで、開催時期や場所を変更するなどありえないのである。

 政・官・民にわたって膨大な人々が食い扶持としている原発という巨大利権が、史上最悪の事故を起こしたにもかかわらずストップできないのと同じ構図だ。

 バカバカしいと思うかもしれないが、(2)の「ジャーナリズムの忖度」がその動かぬ証拠である。

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