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沖縄と沖縄人の誇りのために闘った政治家・翁長雄志氏 その生きざまを写真で振り返る

8/9(木) 11:58配信

琉球新報

10年の知事選では2期目に挑む仲井真弘多氏の選対本部長を務めた。仲井真氏は普天間飛行場の「県外移設」を掲げて当選。県内移設を容認してきた姿勢を覆すことに思い悩んでいた仲井真氏に方針転換を決意するよう促したのは、翁長氏だった。

県民の反対を押し切り12年10月、米軍普天間飛行場にオスプレイが配備された。13年にはオスプレイ配備撤回を訴え、全市町村長(代理を含む)と銀座をパレードした。

パレード終了後、翁長氏は「温度差がなければ、県民大会に10万人集まったり、全市町村長や議長らが来たりする前に、もっと敏感に反応するはずだ。そうならないところに、恐ろしい、根深い問題がある」と、普段は見せないほどの厳しい表情を見せた。

県知事として貫いた信念

13年12月末、仲井真知事(当時)が政府の辺野古沿岸部の埋め立て申請を承認した。翁長氏は「辺野古を認めれば、今後100年置かれる基地の建設に加担することになる」と、かつての盟友とたもとを分かつことを決意し、14年の県知事選に出馬した。仲井真氏に約10万票の差をつけ、36万820票を獲得し初当選した。「県民の声を日米両政府に届ける」と約束した。

辺野古新基地建設の阻止を最大の公約に掲げた翁長氏は、知事当選の3日後、名護市辺野古のゲート前を訪れた。「官房長官は粛々と(埋め立てに向けた作業を)進めると言っているが、沖縄から本当の民主主義国家とは何かを発信していく」と意気込んだ。

翁長氏の知事就任後初の県民大会となった15年5月の「辺野古新基地断念を求める県民大会」。

約3万6千人の参加者を前に「土地を奪っておいて沖縄が負担しろ、嫌なら沖縄が代替案を出せということが許されるのか、日本の政治の堕落だ」「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人をないがしろにしてはいけませんよ)」と力強く述べた。

米軍属女性暴行殺人事件に抗議する県民大会では地位協定の抜本的な見直しを求め、不退転の決意を表明した。事件を受けて「怒りとやるせなさ、将来の子や孫の幸せをどこの誰よりも考えていかないといけない立場からすると、日本を守る安全保障は何だろうかと」と悔しさをにじませた。

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最終更新:8/9(木) 12:18
琉球新報