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4K UHD Blu-ray評:『プライベート・ライアン』20周年版、日本語字幕&音声収録

8/9(木) 17:03配信

Stereo Sound ONLINE

Stereo Sound ONLINEや月刊HiViで健筆を振るう、“映画番長”こと堀切日出晴さん。その堀切さんが海外盤ソフトを実際に再生し、詳細なレビューをお届けする。今回はスティーヴン・スピルバーグ監督『プライベート・ライアン』4K UHD Blu-rayだ。(Stereo Sound ONLINE編集部)



■FILM

 1944年6月6日。ついに敢行された連合軍のノルマンディー上陸作戦。アメリカ陸軍大尉(第2レンジャー大隊C中隊隊長)ジョン・ミラーは、オマハビーチでの激戦をなんとか生き抜いたが、軍の首脳から空挺部隊に属するライアン二等兵を捜し出し、連れ戻すという指令を受ける……。

 アメリカ映画としては(1998年当時)ひさびさに第二次大戦に材を得た本格的な戦争スペクタクル。監督スピルバーグはこれまでにないリアリズムで、戦場の極限状態とその理不尽さを描いてみせた。これはビッグワン(最前線)を描いたスピルバーグのビッグワン(大作)であり、傑作である。そして本盤もまったくの傑作UHD Blu-rayに仕上がっている。

 激戦下でひとりの兵士を救出するというプロットはいささか無理がある設定だが、下敷きとなった実話がある(ナイランド兄弟やサリヴァン兄弟の逸話)。

 しかしシンプルなプロットからのストーリーテリングの膨らませ方が絶妙。たとえばミラー大尉は職業軍人ではなく、軍人になり切れない元教師という設定だ。ライアンを無事に連れ戻すために、部下たちが危険にさらされるという無謀な任務遂行の過程は、戦争映画のお約束のパターン(決死の作戦遂行)とは一線を画し、皮肉な味わいを醸し出している。

 長尺の映画だが印象深い伏線が張り巡らされており、繰り返しの鑑賞をお薦めしたい。

 主演はトム・ハンクス。共演にトム・サイズモア、マット・デイモン、エドワード・バーンズ 、バリー・ペッパー、ジェレミー・デイヴィス、アダム・ゴールドバーグ、ジョヴァンニ・リビシ。

【1998年アカデミー賞】
★監督・撮影・音響(録音)・音響効果編集・編集賞受賞
☆作品・主演男優・脚本・音楽・美術・メイクアップ賞ノミネート


■VIDEO

 撮影はスピルバーグ作品には欠かせぬ存在の、光源操縦の名手ヤヌス・カミンスキー(『シンドラーのリスト』と本作でオスカー受賞/近作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 』『レディ・プレイヤー1』)。

 パナビジョン・パナフレックス他/コダック35mm撮影作品。35mmオリジナルネガからの4Kデジタルリマスター/ドルビービジョン・グレーディング。DIファイルも4K。映像平均転送レート52.1Mbps(HDR10)/5.8Mbps(ドルビービジョン=DV)。Blu-ray版(映像平均転送レート27.5Mbps)は1.85:1アスペクト/ビスタサイズ収録だったが、本盤では1.78:1アスペクトに変更されている(上下の情報が増えている)。

 幅広い感情表現を届ける視覚的なストーリーテリングをもっとも重視するカミンスキーだが、唯一無二と言える光彩陰影操演はハリウッド的な照明法の規範を逸脱するものだ。本作では破壊されたヨーロッパに舞台が設定されているが、色彩は巧妙にブリーチされ、埃っぽい疲れ切った表情をしている。あたかも世界そのものが、長年にわたる死と破壊のあとで疲弊し切っているかのように。

 このドキュメンタリー・タッチの疲弊世界を表出するため、カミンスキーはブリーチバイパスとも称される残銀処理(銀残し)を行った。赤外線濃度計を使っての残銀量測定には基準値が設定されているが、例えばテクニカラーのノーマル現像値は0.45と決められ、銀を残すほどその数値は増加する。現像値0.55ならば10%、0.75なら40%の銀を残したことになる。最大値は1.20。

 本作はテクニカラー・ローマでENRが施されたが、ちなみにENRレベルは1.00。これは実験的にENRを使った『セブン』の0.73を上回り、ENRプロセスで最高レベルであった(その後の『マイノリティ・レポート』『宇宙戦争』も同等レベル)。残銀処理の特徴は、フィルムに銀粒子を増量残留させ、コントラストを人工的に操演、ハイライトは眩しく輝き、影は極度な黒で染まり、色彩はグレー系色に支配される。

 これをHDRグレーディングで見事に蘇らせた。SDRとHDRの差異は明快。DVは独特の質感を完璧に再現。多様な白光と化す陽光。湿った金属の質感。様式化する反射銀光。血の気の通わぬ肌質や疲弊した瞳の輝き。可触的に浮揚するフィルムの粒状性。色域拡張の恩恵は(限定された)色味を余すところなく描出し、色彩再現の改善を促している。低輝度ショットの暗色、点在する発光・反射光も素晴らしい。

 「撮影は光と影、視覚的な隠喩とニュアンスの芸術」と語るカミンスキーだが、ここでは「フィルム撮影のシンプルさ」から逸脱することを避け、リアリスティックな映像表現の近道がシンプルで機動性のある自由なアプローチにあることを熟知している。

 ゆえにハンドヘルド・カメラが多用されたわけだが、本盤では緩急自在なカメラワークを揺るぎなく再現、動作は非常に滑らか。多彩なレンズ使用による被写界深度への嗜好がより明確となり、個人的にはスナイパー・シークエンスの空間表現、深度演出に唸らされた。


■AUDIO

 スカイウォーカーサウンドの重鎮ゲイリー・ライドストロムとゲイリー・サマーズが、それぞれサウンドデザインと音響編集監修、リレコーディング・ミキサーを担当(揃ってオスカー受賞)。リミックス・ドルビーアトモスは音声平均転送レート6.1Mbpsを記録(Blu-ray版は4.2Mbps)。音楽は御大ジョン・ウィリアムズ。

 戦争は過剰なノイズだ。これをテーマに据え、映画のサウンドデパートがリミックス監修(現在マーベル作品で知られるシャノン・ミルズほか)、映像に負けず劣らずのサウンドステージを拡張。フレームの限界を遥かに超えてイメージを膨らませるシネソニックだ。

 オブジェクトは休息知らず。お馴染みのノルマンディ・シークエンスは、比類なき狂気と緊張を伝え、命を脅かし死を確実にする1音1音で身を竦ませる。以降の戦闘シークエンスも然り。いかなる混乱のなかでも、厳正で精巧精緻な音彩配置、並外れた分解能と明瞭度を誇っている。

 サラウンド・ジャンキー必聴の7.1chサラウンドも圧倒的な強度を誇り、音彩の吸盤に吸い込まれそうだ。銃撃、砲撃、弾丸の風切り音、跳弾、爆発、破壊の衝撃音は極めて高精度で恐ろしく苛烈、付加されるLFEエンハンスも圧巻の出来栄えだ。

 ドーム状の音に包まれる雨中シークエンスはもちろん、会話シークエンスや静謐な場面でも環境音の多層的な構築が目覚ましく、継ぎ目のない音響世界の構築に成功している。

 発声は終始明快。声の響きは、ここが温厚な人間の生き残れる場所ではないことを示し、緊迫で歪んだ男性ホルモンの世界を語り尽くす。

 ウィリアムズによる美メロも聴きどころだが、音響効果を重視した楽想にも注目。


■FINAL THOUGHTS

 製作20周年を記念したUHD Blu-rayとなるが、看板に偽りナシ。映像もサウンドもオリジナルの衝撃を受け継ぐぎつつ、新鮮な驚きが満載、精巧精緻なプレゼンテーションとなっている。色彩調整向きとは言えないが、HDR映像とイマーシブ・サラウンドの必須リファレンス・ディスクだ。

 加えて本編は日本語字幕、吹替え音声を収録。家庭劇場に一枚、購入必至の特薦UHD Blu-rayである。

Stereo Sound ONLINE / 堀切日出晴

最終更新:8/9(木) 17:03
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