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8月9日、長崎から「日常」が奪われた。原爆投下後の街をカラー化写真で振り返る

8/9(木) 13:49配信

BuzzFeed Japan

戦後73年目の長崎原爆の日。あの日、きのこ雲にのまれた街には、どのような景色が広がっていたのか。そして、8月9日を境にどう姿を変えたのか。人工知能を使った自動色付け技術で、白黒写真を蘇らせるプロジェクトに取り組んでいる東京大学・渡邉英徳教授らがカラー化した写真から、当時を振り返る。【BuzzFeed Japan / 伊吹早織】

【画像】8月5日まで広島には、日常があった。原爆投下前の風景をカラー写真で振り返る

73年前の今日。1945年8月9日、香焼島からみた長崎原爆のきのこ雲。松田弘道氏撮影。

1945年8月9日11時02分、長崎原爆投下。このきのこ雲は、爆心地の北東18kmの地点からB-29によって撮影されたもの。

貴重な長崎の被爆写真。軍医・原清さんが撮影。このアングルで撮られた写真は他にない。和歌山大学の原祐二先生からご提供

1945年9月24日、長崎原爆の焼け跡に残された、爆風で折れ曲がった十字架。

原爆で破壊された長崎・浦上天主堂の南壁入口付近。 入口の柱に亀裂および台座にずれが見られる。 中央奥は北壁。米軍が撮影したカラー写真。

被爆後の長崎。アメリカ軍が爆心地近くの飛行場に掲げた「ATOMIC FIELD」の看板

長崎原爆投下の翌日の朝、日本軍カメラマン山端庸介氏によって撮影された写真。「ラッキー・ガール」という見出しで「LIFE」誌に掲載された。実際は創作写真だったとのこと。

アルバム、はさみ、陶器のかけら。1945年に長崎で撮影された写真。

長崎、爆心地から南へ約1.5km。爆風により破壊された路面電車。原爆により21両の電車が破壊された。

1945年8月10日、長崎原爆投下の翌日、破壊された街を歩く人々。山端庸介氏撮影。

被爆一ヶ月後の長崎で撮影された写真。奥にみえているのは浦上天主堂。手前にある動物の白骨は馬のものだろうか。

1945年8月9日11:02、長崎原爆投下。写真は爆風で破壊された山王神社の鳥居。いまもこの姿で現存している。

西方から西中町天主堂を見る。手前は大黒町一帯。 中央は西中町天主堂(現在のカトリック中町教会)。その左手前および右端の建物は焼け残った土蔵。米軍撮影。

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最終更新:8/15(水) 11:14
BuzzFeed Japan