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【かながわ美の手帖】川崎市市民ミュージアム「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」

8/12(日) 7:55配信

産経新聞

 ■子供たちから教訓 絵本作家の原点に

 5月に92歳で死去した県ゆかりの絵本作家、加古里子(かこさとし)の作品を集めた企画展「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」が川崎市市民ミュージアムで開かれている。約200点の展示には、絵本原画や複製のほか、生前のインタビュー映像や写真による作家紹介もあり、広い世代に読み継がれてきた人気作家の人物像や、類いまれな才能に触れることもできる。

 ◆幼少時に見せた才能

 加古が小学校卒業を前に担任に提出した絵日記『過去六年間を顧みて』の複製が展示され、加古が幼少時から才能を開花させていたことを伝えている。

 「絵日記」と題されているが、日常を日々書きつづったものではない。学校で6年間を振り返る内容の作文を課されて制作したものだ。ほかの児童らが数枚の原稿用紙にまとめたのに対し、加古は数十枚をとじ込んだ冊子に仕上げるなど独自性を発揮した。

 冊子は右ページの原稿用紙に思い出をつづり、左ページに対応する絵を描いた「絵本」だ。

 そこには、後に絵本作家として大成する片鱗(へんりん)が垣間見られる。原稿用紙の枠組みを描いて絵の一部とするなど、見る人に視覚的な面白さを提供しようとする思いも見て取れる。

 列車の中で父に絵を教わるシーンがある。故郷の福井県から東京都内に転居した7歳のころの思い出だという。父の影響で、絵に興味を持つようになった加古。後の絵本作家が誕生した瞬間が、車窓の景色とともに色鮮やかに描かれている。

 ◆引きつける工夫

 加古は昭和電工の社員として働く傍ら、川崎市内の労働者が集住した地区で、子供たちに紙芝居の読み聞かせなどを行う福祉活動(セツルメント)に長年、携わった。物語を自ら考えたうえに、作画もして子供たちに読み聞かせたことが、絵本作家として生きていく上での原点となった。

 紙芝居『どろぼうがっこう』の絵が、壁一面に並べられている。先生が子供に泥棒を教える学校という、すっとんきょうな物語だ。物語には、先生が「泥棒の見本を見せてやる」と飛び込んだ先が、実は刑務所のおりの中だった、というオチもついている。

 加古は「物語で引きつけないと、子供たちはすぐに四散してしまう」「絵のよしあしよりも、物語の面白さが大切」と実感するなど、セツルメントで「逆に子供たちから多くのことを学んだ」と常々口にしていたという。

 『からすのパンやさん』シリーズや『だるまちゃん』シリーズなど、広い世代が目にした作品も展示されている。たくさんのものを図鑑のように並べて描く手法について、「子供たちは知っているものを探すことで、知らないものも覚えることができる」という狙いがあった。

 同館学芸員の永藤友美は「絵にはいろいろな工夫が施されている。物語を知っている人も、絵を一枚一枚見ることで、作家の思いや工夫など、新たな発見があるかもしれない」と話し、来館を呼びかけている。

 加古は生前、思い入れの深い川崎市での同展開催をとても楽しみにしていたという。同館では「図らずも回顧展となってしまった。哀悼の意を込めて開催させていただいている」としている。=敬称略(外崎晃彦)

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 企画展「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」は、川崎市市民ミュージアム(同市中原区等々力1の2)で9月9日まで。午前9時半~午後5時(入館は4時半まで)。月曜日休館。観覧料は一般600円ほか。問い合わせは同館((電)044・754・4500)。

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【プロフィル】かこ・さとし

 本名は中島哲(さとし)。絵本作家。大正15年、福井県国高村(現・越前市)生まれ。東京大学工学部を卒業後、川崎市内に住み、昭和電工に勤める傍ら、子供たちに自作の紙芝居などを読み聞かせるなどの福祉活動(セツルメント)を約20年間、行った。昭和45年に藤沢市に仕事場を構えて転居した。平成30年5月に92歳で死去。代表作に『だるまちゃんとてんぐちゃん』『からすのパンやさん』など。

最終更新:8/14(火) 12:58
産経新聞