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日航機事故から33年、経験社員5%に 事故後入社の赤坂社長「新入社員に近い体験重要」

8/12(日) 15:36配信

Aviation Wire

 乗客乗員520人が亡くなった日本航空123便墜落事故から、8月12日で33年が経った。12日は早朝から、墜落現場となった群馬県多野郡上野村の御巣鷹山を、多くの遺族や関係者らが訪れた。

 JALによると12日午後2時現在で、三十三回忌を迎えた昨年よりも13家族81人少ない79家族266人の遺族が、時折激しい雨が降る御巣鷹山を訪れた。これまでの同時刻の過去最多は2015年で、100家族387人だった。

 今年4月に、事故後入社の社員で初めて社長に就任したJALの赤坂祐二社長は午後1時21分すぎ、山頂付近にある「昇魂之碑」を訪れ、出迎えた御巣鷹山の2代目管理人、黒沢完一さんにあいさつして一緒に献花し、線香をたむけた。

 1962年生まれの赤坂社長は、事故後の1987年4月に技術系総合職(現在の業務企画職技術系)としてJALに入社。入社後は整備士として現場で機体整備に従事し、2009年4月に安全推進本部部長兼ご被災者相談部長、2014年4月に執行役員整備本部長とグループの整備会社JALエンジニアリング(JALEC)社長に就任。2016年4月に常務執行役員に昇格し、今年4月から社長を務めている。

 赤坂社長は、「何度も登っているが、社長として登り、重たいものを感じた。航空の安全をしっかりこれからも守っていきたいと思い、ごあいさつをさせていただいた」と、安全への誓いを新たにした。

 JALによると、事故後に入社した社員は全体の95%にのぼる。植木義晴会長ら事故当時を知る経営陣や社員は5%になった。JALの新入社員は御巣鷹山に登り、事故機の残骸などの資料を展示した社内の安全啓発センターを見学している。

 「日本航空の社員にとって、事故の時にいたか、事故後に入社したかは関係ないと思う。今の新入社員のように、事故後に生まれた社員がものすごく増えている。(御巣鷹山登山やセンターの見学は)実際の体験ではないが、なるべく近い体験を新入社員に与えていくことが非常に重要だと思う」と赤坂社長は述べ、事故から30年以上が経過した中で、風化を防いでいきたいという。

 午後6時からは、上野村にある慰霊の園で追悼慰霊式が開かれる。JALからは植木会長や赤坂社長、藤田直志副社長らが参列する。

 1985年8月12日午後6時56分に墜落した羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、登録番号JA8119)には、乗客509人と乗員15人の524人が乗っていた。

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:8/13(月) 8:06
Aviation Wire