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京都の「防空監視哨」再現 戦時中に米軍機見張る

8/12(日) 17:20配信

京都新聞

 京都市右京区京北・黒田地区の住民グループが、太平洋戦争中に地元に設けられた、米軍機の来襲を見張る「防空監視哨(かんししょう)」の再現に取り組んでいる。近くを通る古道をトレイルコースとして整備し、監視哨も組み入れることを計画。特色ある歴史を広く知ってもらい、地域の活性化につなげたい考えだ。
 黒田の防空監視哨は、京北から京都市の貴船方面へ抜ける古道の途中、地元で「トロ峠」(標高658メートル)と呼ばれる峠から15分ほど登った場所に置かれていた。
 監視哨の再現に乗り出したのが、住民グループ「黒田・京みちの会」。地域外の人に黒田へ関心を向けてもらおうと、昨年から古道を整備しており、今年4月にはトレイルランが初めて催された。
 監視哨の再現は、トレイルコースに組み入れることを念頭に着手。かつてこの監視哨に勤めた京北井戸町の松山信太郎さん(91)らから聞き取りを行い、建物の形状や勤務状況などを調べた。
 松山さんによると、20歳に満たない青年6人で1班をつくり、3班交代の24時間体制で任務に従事した。「当時は10代で、銃撃を受けるかもしれないという思いはあったが、国のためと責任を感じていた」と振り返る。
 雪深い地とあって、午前7時の交代勤務に就くために、冬は午前4時には起きて、雪をかき分けながら監視哨に向かった。1度だけ空襲を見た。音は聞こえない。赤や青の火が、花火のように1時間落ち続けた。その日、岐阜県であった空襲だった。
 終戦後も20日間ほど監視を続けたという。監視哨の再現について「ええこっちゃ。当時のことはたまに思い出すが、知った人はみんなおらん。完成したら1回行ってみたい」。
 7月22日に同会のメンバーや有志の住民が集まり、現地の近くで伐採したクリの木で、高さ約3・5メートルで2メートル四方のやぐらを組んだ。9月完成を目指し、トレイルコースに組み入れることも念頭に、松山さんらの証言を基にした説明板も立てる予定だ。
 会代表の大和田信也さん(76)は「覚えている人がいるうちに、古道と監視哨を復活させたかった。若い世代から80代以上まで共通の話題で地域が一つになったようにも感じる」と笑顔で話す。
 また「黒田を訪れる人にも、監視哨からの眺望を味わってほしい」とも。高齢過疎化が急速に進む地域の存続を見据え、地域外から山歩きに訪れる人たちに、黒田の豊かな自然と歴史、暮らしぶりに触れてもらい、移住や定住につながればと、期待を抱いている。

最終更新:8/12(日) 17:46
京都新聞