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被災の地元、勇気づけるつもりが アルプス席から大声援

8/12(日) 17:25配信

朝日新聞デジタル

(12日、高校野球 二松学舎大付5-2広陵)

 被災した地元を少しでも勇気づけたい。広陵の三塁コーチ、坂本連太郎君(3年)はそう誓って甲子園での初戦に臨んだ。試合に出なくても、出来ることがある。誰よりも大きな声で仲間を支える自分の姿を見せるんだ――。

【写真】練習に励む広陵の坂本連太郎君=2018年8月5日、奈良県香芝市、新谷千布美撮影

 坂本君は西日本豪雨で甚大な被害を受けた広島市安芸区矢野地区の出身。広陵では同市安佐南区の寮で生活している。7月6日に降った大雨では学校周辺は被害がなく、変わったことといえば新聞が来ないことくらいだった。寮にはテレビがないため、監督らから広島大会の開幕が延期されたと聞いた時も、「雨がやみつつあるのになんでじゃろ?」と思っていた。

 3日後の9日になって新聞配達が再開され、被害の大きさを知った。「大変なことになっとる」。実家の父に電話すると「うちは大丈夫じゃ。じゃが、すぐ隣が……」。広島大会の開幕も17日まで遅れ、調整を続ける傍ら、監督やコーチ、そしてチームメートと毎日ミーティングをした。「自分たちには一体何ができるんじゃろ」。寮長として、「大変な被害が出ている中、野球をさせてもらえる感謝をみんなと共有しよう」と豪雨災害を報じる新聞記事を寮の掲示板に貼った。

 土砂にのみ込まれて行方不明になった中学の同級生がいた。彼を捜すため、幼なじみの安芸南の野球部主将、田代統維(とうい)君(同)らが土砂をかき出すボランティアをしていた。「寮長でもある自分は寮を離れられない。行きたいけど、行けない」と葛藤した。人づてに田代君の伝言を受け取った。「こっちは任せとき。お前は強豪の広陵にいるんや。野球に集中せえ」

 10日遅れで行われた広島大会の開会式で、選手宣誓をしたのはその田代君だった。

 「どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから」

 力強い姿に背中を押された気がした。「野球ができるのは当たり前じゃない。だからこそ、目の前の野球を全力でやるしかない」

 広陵はノーシードから勝ち上がり、2年連続の夏の切符を手にした。中学生の時には主将や全国大会3位の経験もした坂本君は、ベンチメンバーとして最後に選ばれる背番号「18」を託された。部員が130人いる広陵にとって特別な番号だ。昨夏はけがでプレーができない主将が「18」だった。現主将の猪多善貴君(同)は「連太郎が誰よりも明るく仲間を励ましてくれる。『18』にふさわしいです」。

 迎えた12日の第1試合、甲子園は4万人の大観衆だった。三塁コーチにつくと、すぐ後ろはアルプス席。「いつも通りやれよ! 楽しんでやれよ!」と先輩や地元の人の声が聞こえた。「大変な中球場まで足を運んでくれた人がいてありがたい」と感謝の気持ちがこみ上げてきた。

 二松学舎大付(東東京)に2―5で敗れ、夏が終わった。坂本君は「全力で声を出せ、元気な姿を見せられたと思う。逆にたくさんの方から声援をいただいた」。広島に戻ったら、後輩たちとボランティアに行こうと思う。改めてどういう状況で野球をやらせてもらっていたのかみんなに伝えたいから。(新谷千布美)

朝日新聞社