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ネット上の表現規制はどうあるべきか 事業者は公平に処理 不当な私的検閲にも

8/13(月) 10:00配信

産経新聞

 今年5月以降、動画配信サイト「ユーチューブ」の動画が大量に削除される騒ぎがあった。匿名掲示板サイトでの呼びかけをきっかけに、運営事業者が削除を行い、20万本以上の動画が閲覧できなくなったとみられる。多様な意見が飛び交うインターネット上の表現規制はどうあるべきか。黎明(れいめい)期からインターネット網の整備に尽力した村井純・慶応大環境情報学部教授と、ネット利用上の法的問題に詳しい町村泰貴・成城大法学部教授に聞いた。(文化部 伊藤洋一)

■村井純・慶応大教授 

 --一部の言論人の投稿動画が大量に削除される動きがあった

 「ユーチューブを含め、インターネット上には、自由に発言できるメディアが多数ある。話題になることを書けば、賛否両論が出る。これは従来のメディアや社会のコミュニケーションと同じこと。ただ、行き過ぎた内容、有害情報や違法情報は、運営事業者が個人の要望で止めることができる。例えば、児童ポルノの違法性は各国でほぼ共通。今回の場合は、国籍、民族などへの表現が、差別やヘイトスピーチと見なされたのかもしれない」

 --編集者が目を通す出版物に比べ、ネットでは、極端な意見が散見される。運営事業者が編集者の役割を果たすのか

 「利用者から申し出があった場合や、犯罪の領域に入ると判断される事柄が削除の対象になっているはずだ。(2年前にヘイトスピーチ規制法が施行され)街頭で人種差別発言をするのが違法なのは、ネットでも同じ。事業者は難しい判断を迫られているだろうが、そのルールに照らし合わせて公平に処理しているはずだ」

 --ネット上での表現は規制されるべきか

 「江戸時代、町に立て札や掲示板ができ瓦版が配られ、明治に入り、新聞が発行されるようになった。当初は人を傷つけるような表現があっただろうが、社会のなかで議論が起き、ルールが根づいた。ネット上も同じだ。差別的な発言をどう防ぐかが本質であり、それらの仕組みは、裁判など今の社会のなかにすでに解決策がある。運営事業者の削除が適法かどうかは、裁判で決めればよい」

 --個人の発言が、強い影響力を持つことがある

 「『ツイッターを使って勝手なことを発信する大統領がいるから止めるべきだ』という意見もあるが、多くはない。地球の裏側にも直接メッセージが届き、国境を超えたコミュニケーションができる利点を評価する人が多数だからだろう。新しい技術は本来、良い目的のために作られるが、悪用するケースも出てくる。それでも、新しい技術の使命は従来の課題を解決し、経済を発展させ、夢を実現しやすい社会にしていくことにある」

 --今後どうすべきか

 「ネットが整備された初期、ネズミ講のような犯罪が起きた。しかし実態は『あの情報はネズミ講だから気をつけろ』という内容のほうが多かった。有用なメッセージは広がり、ウソや信用されない情報は拡散せず淘汰(とうた)されてきた。ネットだから悪い情報が流れる、というのは見当違いだ。ネットは地球全体でつながることが大事。国際機関や国、民間などが時代に適したネットのルールを探る必要がある」

 〈むらい・じゅん〉昭和30年、東京都出身。慶応大大学院理工学研究科博士課程修了。東大大型計算機センター助手、慶応大助教授などを経て平成9年から現職。著書に「インターネット新世代」など。

■成城大学法学部・町村泰貴教授

 --投稿動画が大量に閲覧できなくなった

 「動画投稿サイトや掲示板などを管理運営する業者が情報の内容によって、載せるか載せないかを決めるのは原則としてよくない。政府が行えば表現の自由を保障した憲法に違反し、民間が行っても私的検閲となる」

 --業者はなぜ削除するのか

 「情報が流通することで権利を侵害されたり、名誉が毀損(きそん)されたりする人がいる場合は、その情報の流通を遮断すべきだ。平成13年成立の『プロバイダー責任制限法』は、その一応のルールを定めた。NTTなどの接続業者(プロバイダー)だけでなく、掲示板の管理者なども含まれる。ただし、この法律は権利侵害情報を削除するかどうか、一定の範囲内でプロバイダーの裁量に任せている。怪しい情報をすべて削除しなければならないなら、表現の自由を過剰に制約してしまうからだ」

 --ネットはすでに社会インフラ(基盤)の一部。行政に厳しく監視してほしいという人もいる

 「憲法からすると、おかしい。ヘイトスピーチは、個人に対する名誉毀損(きそん)とは質が違う。特定の民族や国籍の人々を排斥する差別的言動は、かつて個人の名誉毀損に当たらないとされ野放しだったが、2年前にヘイトスピーチ規制法が施行された。今回は、規制法施行を受けた動きだと思うが、行政が監視すべきものではない」

 --削除基準が不明確という指摘もある

 「ヘイトスピーチ規制法の定義は明確だが、実際は運営事業者が判断するので、場合により不当な私的検閲となったり、有害な情報が残されたりする。名誉毀損と同様、明白なヘイトスピーチは削除も当然だが、明白でない場合、最終的には裁判によらざるを得ない。特にネットの無数のメッセージを人間の目では処理しきれないので、人工知能(AI)が機械的に処理すると、過剰削除も起こる可能性がある」 --ネットは本来自由な空間だった

 「日本では表現の自由が比較的優先されているが、わいせつ表現には厳しい。欧州ではナチスの経験から人種差別や歴史修正主義に厳しく、特にフランスやドイツは民族差別、ホロコースト否定の発言などに刑事罰がある。ネット上での発言も罪に問われる。テロ対策などの目的で電話傍受や検閲も許されている。歴史的背景が異なれば法制度も異なるから、世界共通ルールは作れない。各国ごとのポリシーで、自由の限界を決めるしかない。ただツイッターやユーチューブなどのグローバル企業は、国際基準で厳しい方に従わざるを得ない。日本は問題が出るたびに、新たな対策を講じてきた。20年ほどで隆盛になったメディアだけに、まだ試行錯誤の最中にある」

 〈まちむら・やすたか〉昭和35年、東京都出身。北海道大大学院法学研究科前期課程修了。亜細亜大教授、南山大教授、北大院教授を経て、今年度から現職。専門は民事訴訟法、サイバー法、フランス法など。

最終更新:8/13(月) 10:00
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