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【駅に残る戦争の記憶】あの日の惨状「忘れられない」血の海、折り重なる死体 西鉄筑紫駅列車銃撃事件

8/12(日) 8:04配信

西日本新聞

 15日は、平成最後となる「終戦の日」。悲惨な記憶を胸に刻むため、西日本新聞に掲載された過去の記事をあらためて紹介したい。これは、多くの人々が行き交った駅にまつわる物語である―。

【写真】1924年撮影した旧西鉄筑紫駅

 それは太平洋戦争末期の1945年8月8日のこと。福岡県筑紫野市筑紫の西日本鉄道筑紫駅付近で、惨劇が起きた。上りと下りの電車が米軍戦闘機の機銃掃射を受け、少なくとも乗客64人が亡くなり、100人余りが負傷した。戦後70年。地元ではあらためて事件体験者の話を聞き、証言集をまとめたり、平和劇を創作したりするなど事件と向き合い、語り継ごうとする活動が行われている。

 証言集「語り継ぐ筑紫駅惨劇の記憶-戦後70年」を制作したのは、62~73歳の市民13人でつくる「筑紫駅惨劇の記憶を残す会」。

 会員は、地元の筑紫コミュニティセンターが昨年度、開講した市民講座「筑紫駅空爆の記憶を残そう」の受講生が中心。2008年に西鉄筑紫駅列車銃撃事件の被害者や目撃者の証言をまとめたルポルタージュ「筑紫れくいえむ」を出版した元本紙記者坂井美彦さん(83)と児童文学作家ひろ子さん(79)夫婦の指導を受け、昨年7月に取材を始めた。地元を中心に証言者を探したが、体験者がすでに亡くなっているなど難航したという。

 証言集はA5判カラー刷り97ページ。受講生たちが取材した事件体験者7人の聞き書きを、感想を交えて紹介している。また、講座とは別に事件を調査してきた元中学教諭相戸力さん(61)などの協力で、ほかの体験者4人の証言も収録した。

 体験者たちは「電車の中は真っ赤な血の海」「切符売り場に3~4人が折り重なって、頭から血を流している人、腕がもげてお尻まで血だらけの人」などと惨状を証言。受講生たちは「戦争はすべての人がつらい思いを引きずる『あってはならないこと』『忘れてはならないこと』」「平和の中で生き続けることがどんなに幸せなことか」などと感想をつづっている。

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最終更新:8/12(日) 16:15
西日本新聞