ここから本文です

翁長知事の「遺志を引き継ぐ」と沖縄県民たち 辺野古新基地への反対、国に思いは届くか

8/12(日) 7:21配信

BuzzFeed Japan

沖縄県の米海兵隊・普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設計画を巡り、新基地建設断念を求める「県民大会」が8月11日、那覇市であった。

政府は、辺野古沖の土砂投入を17日に開始すると県にすでに通知。その前に反対を示す狙いがあった。

大会に出席予定だった翁長雄志知事が8日に死去したことを受け、出席者や参加者からは「遺志を受け継ぐ」との言葉が聞かれた。【BuzzFeed Japan】

「辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議」主催で、大会冒頭、翁長知事の死を悼み、1分間の黙祷が捧げられた。

そして、次男で那覇市議の雄治さんが登壇。生前、翁長知事が家族に語った言葉を伝えたが、言葉につまり、涙ぐむ場面もあった。

「みなさまのご期待に添えるように、最後まで頑張りましたが……残念な結果となりました。申し訳ございませんでした」

かつて辺野古移設に賛成だった翁長知事

翁長知事はかつて自民党の県連幹事長を務めるなどし、辺野古移設に賛成の立場だった。

しかし、沖縄の過重な基地負担への批判を強め、「辺野古を認めれば、今後100年置かれる基地の建設に加担することになる」と、2014年の知事選に出馬。移設反対を訴えた。

辺野古沖の埋め立て承認をした仲井眞弘多・前知事に約10万票の差をつけ破り、県のトップになった。

「最後の最後まで...」

国との対立を深める中で、県は、再三の行政指導に沖縄防衛局が従わないことを問題視。そして、翁長知事は7月27日、その埋め立て承認を撤回すると表明した。

これが県民に見せた最後の姿となったが、病室では最後まで新基地を建設させまいと、取り組んでいたという。

「最後の最後まで、どうやったらこの辺野古新基地を止められるのか、一生懸命病室のベットの上でも資料を読みながら、頑張っておりました」

翁長知事が息子に語った言葉

「父は生前、『沖縄は試練の連続だ。しかし、一度もウチナーンチュとしての誇りを捨てることなく戦い続けて来た。ウチナーンチュが心を一つにして戦うときには、お前が想像するよりも、はるかに大きな力になる』となんどもなんども、言われてきました」

「最後まで、みなさま諦めずに、頑張って、見届けることはできませんでしたが、父に、翁長雄志に、辺野古新基地が止められたという報告ができるように、みなさま、がんばりましょう」

1/3ページ

最終更新:8/12(日) 7:25
BuzzFeed Japan

あなたにおすすめの記事