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『95%が事故を知らない世代』日航機墜落事故 最後の慰霊登山も

8/13(月) 11:30配信

FNN PRIME

1985年8月12日 あの日から33年

「J、A、L JALという文字がはっきりと見て取れます」

1985年8月12日 午後6時56分-

【画像】事故を知らない世代にどう伝えるか・・・

JAL123便は、御巣鷹の尾根に墜落した。

現場から救出された生存者はわずか4人。 乗客・乗員520人もの命が失われた。

33年後の2018年8月12日

272人の遺族が御巣鷹の尾根を登った。
家族の墓標を目指し、墓標の前で花を手向けた。
犠牲者が好きだったグッズを供えた。33年の思いが込められていた。

午前10時過ぎ。墜落地点の昇魂之碑の前に遺族がそろった。
黙祷を行い、「安全の鐘」を鳴らした。
犠牲者の冥福、空の安全が祈られた。

そんな中、目立ったのは遺族の高齢化だ。

80代の遺族も 遺族の高齢化と“事故を知らない世代”

「これが最後の登山かもしれない」娘2人を亡くした山岡武志さんは81歳。

妻や息子に支えられながら登山に臨んだ。

「今年が最後」

覚悟の登山だ。

出発地点から墓標までは、休みなく歩いても40分。
足場が悪く段差もある。高齢者には厳しい道のりだ。
それでも「娘が待っている」と歩を進めた。出発から2時間後。墓標の前に辿り着いた。

手と足は疲労で震えていた。

息子の直樹さんは「来年は厳しいかもしれない」と父親の体調を案じた。

事故で娘を亡くした吉田公子さん。84歳。
「皆さんに助けてもらいながら頑張って登りたい」
吉田さんの家族が寄り添って山を登る。杖を使いながら歩を進めた。

ゆっくりと。ゆっくりと。

33年間という月日は遺族の高齢化を進めた。
高齢の遺族は登山が困難になっているのが現実だ。

日本航空では“事故を知らない世代”が増え続けている。
日本航空の社員数は14,560名。

そのうち、事故当時、日本航空に入社していた社員は754名(2018年3月31日現在)。

“事故を知らない世代”は95%にのぼる。

若手を指導する立場の社員も“事故を知らない世代”だ。
忘れ去られてしまう…
危機感を覚えている遺族。日航にも同様の危機感を持っている社員がいる。

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最終更新:8/13(月) 11:30
FNN PRIME