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難病で急逝した母「また親子しようね」 3カ月後に妊娠判明、不妊治療を休んでたのに…出産控える娘の思い

8/16(木) 7:00配信

withnews

 「もしこのままダメだったら、あんたのところに生まれ変わってくるでね」。難病と診断され、半年で急逝した母が病床で娘に語ったひと言。死去から3カ月後、不妊治療を休んでいたタイミングで子どもを授かったことがわかりました。「母が送り出してくれた命だと思って、大切に愛情いっぱいに育てたい」と話す娘に、闘病中のことや現在の思いを聞きました。

【画像】闘病中に母が綴ったノート。表紙の裏に「ありがとう」の文字が……。話題になったツイートの全文も

昨年12月に亡くなった母

 関西在住の「かにこ」さん。現在は専業主婦の30歳で、11月に出産を控えています。

 そんな彼女が6日、ツイッターにこんな文章を投稿しました。

 「お母さん闘病中に一度だけ私の前で涙ぐんだことあって『もしこのままダメだったら、あんたのところに生まれ変わってくるでね。お母さんのこと大好きな子やでね。またよろしくね』って言った。火葬場で私は『また親子しようね』って約束して送り出した。3年出来なかったのに、自然に妊娠した今回の話」

 昨年12月に亡くなった母とのやりとりを記したものです。

 この投稿に対して、「思わず泣いてしまいました」「お母さんからの最高のプレゼントですね」「人のツイート見てうるっとしたの初めて」といったコメントが寄せられ、リツイートは3万、いいねは18万を超えています。

「大丈夫やて。私頑張るで」

 かにこさんの母が、難病「ALアミロイドーシス」と診断されたのは昨年6月。アミロイドと呼ばれる線維状の異常たんぱく質が全身の臓器に沈着し、機能障害をおこす病気です。

 翌月、中部地方に住んでいた母は東京の専門医を受診。自覚症状もなく、医者からも「大丈夫じっくり向き合っていきましょう」と言われました。

 かにこさんには年が15歳離れた弟がいて、当時は中学生で部活動が最後の時期。母は部活やクラブの役員なども精力的にこなしていました。

 悪化し始めたのは、9月に短期入院したあたりから。化学療法を行いながら自身の骨髄を移植することになりましたが、症状が悪化して移植のタイミングが見つかりませんでした。

 母は「大丈夫やて。私頑張るで」と気丈にふるまっていましたが、11月末ごろには1人で立って歩くと倒れるように。だんだん食欲もなくなり、話す言葉も少なくなってきました。

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最終更新:8/16(木) 7:00
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