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<写真報告>「子供たちの眼は野良犬と同じだった」 北朝鮮史上最悪の大飢饉から20年 悲劇を振り返る(写真5枚)

8/24(金) 5:10配信

アジアプレス・ネットワーク

◆200万人以上が死亡か

「苦難の行軍」という言葉をご存じだろうか?

1995年からの数年間、社会混乱が広がった北朝鮮では、膨大な数の人が飢えと病と寒さで命を落とした。経済失政に加え、冷戦構造の崩壊によってソ連、中国などの社会主義圏から支援が途絶えた北朝鮮は、絶対指導者の金日成の死が引き金になって、あらゆる社会機能が麻痺した。食糧配給制度が崩壊して、都市住民を中心に短期間に大量の死者が出た。筆者は200万人以上が命を落としたと推測している。

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この朝鮮史上最悪の飢饉のことを、北朝鮮では「苦難の行軍」と呼んでいる。

その時、北朝鮮はどんな様相を呈していたのか? 何人かの勇気ある北朝鮮人が密かに撮影した映像が、この時代のほぼ唯一無二のビジュアル記録である。

戦後闇市世代の作家、故藤本義一さんがその映像見た後、筆者に語った一言が忘れられない。

「この少年少女の目は野良犬と一緒やね。ずっと地面を見てる。何か食べるものが落ちていないか探しているんです。日本の戦後闇市の子供たちも同じ目をしていました」(石丸次郎)

←(クリックで拡大) 三人の子供が、闇市場の露天食堂で食事をする男性の後ろで待ち構える。(次の写真へ) 1999年9月咸鏡北道の茂山郡にて撮影キム・ホン(アジアプレス)

←(クリックで拡大) ソバを食べ終わった男性が残り汁を少 女の持つビニール袋に入れている。 1999年9月咸鏡北道の茂山郡にて撮影キム・ホン(アジアプレス)

←(クリックで拡大) 闇市場を徘徊するコチェビ(浮浪児)の少女。1998年10月江原道の元山市にて 撮影アン・チョル(アジアプレス)

←(クリックで拡大) 裸足の少年が、ぬかるみの中に落ちたトウモロコシ麺のクズを拾い食いしていた。1998年10月江原道の元山市にて撮影アン・チョル(アジアプレス)