ここから本文です

ラジオに救われた不登校の夜「ナイナイに読まれた!」 放送作家の寺坂直毅さんの原体験

9/4(火) 14:00配信

withnews

【#withyou ~きみとともに~】
 「星野源のオールナイトニッポン」(ニッポン放送)の放送作家としても知られる寺坂直毅さんがラジオの世界にのめり込んだのは、不登校だった中学2年生のとき、母親にラジカセを買ってもらったのがきっかけでした。投稿が読まれた時は「自分が存在しているんだ」とラジオに救われたそうです。「好きなものを探してみて」と話す寺坂さんに、ラジオの魅力を聞きました。(朝日新聞記者・金澤ひかり)

【画像】あの有名人も、学校がしんどかった…… 芸人や漫画家、学生時代の写真も

深夜放送のラジオにびっくり

――どんな中学生時代でしたか?

 中学2年の夏ごろから不登校になりました。言葉遣いをからかわれたりして、中学は大嫌いでした。
 学校に行かなくなる直前は、父親が学校に連れて行こうと、学校まで車で送ってくれていたのですが、私は休む理由がほしい。だから、朝食と少しの水を口に含んでおいて、校門前で吐いていました。嘔吐のふりです。そして不登校が始まり、その後はその中学校には一度も行きませんでした。

――ラジオを聴き始めたきっかけを教えてください。

 その年の7月ごろ、理由はわかりませんが、母がラジカセを買ってくれました。

 その頃は、昼夜逆転生活。ふと深夜にラジオをつけたら「中居正広のオールナイトニッポン」をやっていました。多分、「がんばりましょう」の初オンエアと言ってたと思います。
 ラジオは夜中休むものだと思っていたので、この時間に起きている人に向けてやっているんだというのがびっくりしました。それで、ラジオを聴き始めました。

――居心地のよさみたいな感覚もあったのでしょうか?

 もちろん。不登校時代、一番悩んでいたころ、あるFM番組のDJが「学校なんて行かなくていいんだよ」って言っていたんです。学校に行っていないと、「行かないといけない」って思うじゃないですか。でも、その言葉で、楽になった覚えがある。ラジオは、そうやって安らぎを与えてくれました。

一人旅、通過地点の周波数調べた

――それからラジオはずっと好きだったのですね。

 毎日、夜中はラジオを聴いていました。
 中学生のときに、誕生日か何かで携帯ラジオも買ってもらいました。
 小学生の頃から一人で旅行に行っていました。たとえば、住んでいた宮崎から大阪に高速バスで行くときには、大阪までの道路を全部調べて、そこで聴けるラジオの周波数も全部調べました。RKK熊本放送、KBC九州朝日放送、KRY山口放送、RCC中国放送…というように。

――旅のおともにもラジオですか。

 そう。だから、大阪に行くとこの番組が聴けるとか、東京に行くとあの番組が聴けると楽しみにしていました。もちろん地元の宮崎でも聴いてたし、歩きながらも聴いていた。

1/2ページ

最終更新:9/4(火) 17:55
withnews