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真っ赤な看板が目印の「ラーメンショップ」こそ、昭和から続く不死身のロードサイドチェーンだ

9/3(月) 12:00配信

メシ通

こだわりや情熱のないままラーメン店主に

インタビュー取材に応じてくださったのは、店主の清水良之さん。このお店を切り盛りしてもう27年になる。
── お店のホームページにsince1980と書かれていますが、その年からコチラで営業されているのでしょうか。
清水さん:昭和55年に前のオーナーがオープンしまして、ウチのオヤジが1986(昭和61)年にお店を引き継いで、そして1991(平成3)年から自分がオーナーになりました。前のオーナーからオヤジが引き継いで5、6年後に亡くなったんで、それまでサラリーマンやってたのに急にラーメン店やることになったんですよ。
── お父様はどうやってラーメンの作り方をマスターしたんですか?
清水さん:前のオーナーからです。ウチのオヤジとおふくろとで、ここで1カ月くらい研修を受ける形で一緒に営業して、基本を教えていただいたと。その時にオヤジは肉の小売やってたんですよ。それでここのラーメンショップにも卸してて、そこでオーナーが辞めると聞いて、買わないかって打診があったみたいなんですよね。
── お父様がオーナーの時代に、ご主人がお父様からラーメンを教わるようなことはなかったんですか?
清水さん:それが全然なくてね。建築関係の営業だったんで、サラリーマンやりながらも、その時バブルの真っただ中で、早朝から深夜までずーっと働いてて。もう毎日毎日仕事こなすのが精一杯で、でもまだ20代中盤くらいだったから給料も安かったし。
── 当時で建築系といったらスゴく良かったんじゃないですか!?
清水さん:不動産系はよかったんだろうけど、施工会社の営業はね。自分は何億って物件を担当して、この現場でいくら利益出したのかわかってるのに(笑)。
── なんで給料はこれだけなんだと(笑)。それは確かにシンドイ……。
清水さん:だからもうオヤジも亡くなったし、ラーメン店やるのもいいキッカケにしないとと思って。
── 20代後半から30代にかけて、人生のターニングポイントが起こりがちですよね。
清水さん:家業を継がなきゃって感じだったので、申し訳ないけど、ラーメンが好きで熱い情熱があったとかじゃ全然ない。だから、こだわりがないんですよ。マニュアルがあったわけじゃないけど、タレ入れてこれやってっていうウチのおふくろから教わった基本を忠実に守ってこれまで続けてきた感じ。特別に自分の味はこうだ! って押し付けるのはやってないですね。逆にそれがよかったのかなと思ってます。

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最終更新:9/3(月) 12:00
メシ通